ただ君を愛したいだけ
ただ走るなんて、私は絶対に嫌。

でも、私とは違い運動神経抜群の陽菜は、三歳児クラスでも一、二を争うほど足が速く、自慢なのだ。


「おじさんも、かけっこ速かったんだぞ。競走しよう」
「うん!」


陽菜は満足そうに頷き、智治さんに笑みを向ける。


「足、速いんですか?」


彼はなんでもそつなくこなすタイプだけれど、足が速いのは初耳だ。


「まだ知らないことがたくさんありそうだな」


彼はそう言いながら笑ったが、私の心はざわついた。

結婚の約束までしたのだから、普段は見せない柔らかな表情も、料理までうまいことも、きっと会社の仲間は知らなかったはず。

それだけで彼の特別な存在だと勘違いしていたけれど、きっとまだ私の知らない顔がたくさんあるのだろう。

だからあっさりだまされてしまったのだ。

そう思ったものの……目の前にいる彼は、あの頃抱いていた誠実で真面目な人という印象そのもの。

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