盤上の春風~加古川、四人の歩み~

終章 盤上の絆

 春本番。校門の桜は、もう盛りを過ぎ、花びらの間から小さな若葉がのぞいている。
 風が吹くたび、名残の花がはらはらと舞った。

 校舎の前を、新しい制服の集団が、少し落ち着かない様子で行き交っている。

 私たちは、いつの間にか二年生になっていた。

 放課後、部室の前に立つ。
 扉の前で、さくらが一度、深呼吸をした。
「……新入生、来てくれるかな」
 声は小さくて、少しだけ震えている。
「来るって」
 陽菜はあっさり言って、張り紙の端を指で押さえた。
「だって、うちらが楽しいって知ってるやん」
 新しく貼った紙は、まだ真っ白で、角もぴんとしている。

──将棋部 部員募集
 初心者大歓迎
 いっしょに、ゆっくり覚えましょう

 理沙が少し離れたところから眺めて、静かに言った。
「去年の春とは、ずいぶん違いますわね」
 私はその言葉に、うなずいた。
 
 あの頃は、ただの張り紙だった。
 今は、ここに時間が重なっている。

 駒の音。
 笑い声。
 ストーブの赤い光。
 花火の夜。

 廊下の向こうで、誰かが立ち止まる気配がした。

 私たちは、何も言わずに扉の前に並ぶ。
 春の風が、張り紙を小さく揺らしていた。
 廊下の向こうから、足音が近づいてくる。
 ためらうように止まり、また一歩進む気配。
 
 誰かが、張り紙を読んでいる。
 紙が、かすかに擦れる音。

 私たちは顔を見合わせず、ただ待った。

 そのとき――
「あの、将棋部ってここですか?」
 一年生の女の子が三人、恥ずかしそうに扉を開けて、顔を出した。
「そうやで!」
 陽菜はいつもの明るい笑顔で出迎え、一歩前に出る。
「よう来てくれたね。初心者、大歓迎や」
 その声に、新入生達の緊張も和らいだようだ。
 私とさくら、理沙も続いて微笑んだ。

一年前、張り紙の前で立ち止まったのは、私たちだった。
今は、その扉の内側にいる。
春の風が、また張り紙を揺らす。
将棋盤の上には、まだ何も並んでいない。
でも――
ここには、もう居場所があった。

「将棋、やったことないんですけど……」
「大丈夫! 私たちも去年まで、ルールも知らなかったから」
 私はそう言って安心させた。
「本当に?」
「本当だよ。一緒に楽しもう」

 こうして、新しい将棋部の歴史が始まった。
 放課後の部室には、将棋盤を囲む笑い声が響く。駒を動かす音、悩む声、喜ぶ声。
 私たち四人は窓の外を見た。加古川の街が、春の光に照らされている。鶴林寺の方角、ニッケパークタウンの方角、そして加古川が流れる方角。
 この街で出会い、将棋を通じて結ばれた私たち。

「ねえ、将棋を始めてよかったね」
 理沙が、盤の上に並んだ駒を見つめたまま言った。
「うん。将棋がなかったら、わたしたち、こんなに仲良くなれなかったかも」
 さくらが、照れくさそうに笑う。
 陽菜はくるりと駒を指で回しながら、
「これからも、続けよな。勝っても負けてもさ」
 と明るく言った。
 その言い方が、陽菜らしくて、みんなが笑う。
 私は、そっと王将を持ち上げる。
 少し重たいその感触が、なんだか頼もしく思えた。
「もちろん」
 静かな部室に、駒の触れ合う小さな音が響く。
 畳の匂いも、夕方の光も、全部が、少しだけやわらかく感じられた。
 私たちの将棋は、まだ始まったばかりだ。

 盤上には、きちんと並んだ駒たち。それぞれが違う動きをするけれど、どの駒も大切な存在。
 人生も同じ。一人一人が違うけれど、みんな大切な仲間。
 将棋盤の上で、私たち四人の友情は今日も続いていく。
 勝ち負けではなく、楽しむことを選んだ四人。
 その選択が、かけがえのない日々を生み出している。

 加古川の空の下、将棋を楽しむ女子高生たちの笑顔は、春の光のように輝いていた。
 ――盤上の春風は、これからもずっと、彼女たちと共に吹き続けるだろう。

【おわり】
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