扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
◇◇◇

「リィン」

 廊下の奥から声を掛けられ階段を上がりかけていた凛子が振り返ると、エイゼルが手招きしている。 
 さそわれるように、近づくと「サケ?」と悪戯っぽく微笑まれる。
 単純にもパァアアと喜色満面の笑みを浮かべてしまった凛子はふと我にかえった。

 もしかしたら自分はアル中に近いのではないだろうか。
 このようなところに来てまで、風呂上りにアルコールを求めるなんて。
 しかし風呂上りの体は素直なもので、水分に飢えていた。
 何かで喉を潤したい。

 できればビール。
 なければスパークリングワイン。
 凛子が思い浮かべたのはどちらにせよアルコールだった。

 エイゼルがカウンターの椅子を引く。
 店内はそれほど混んでいるわけではない。
 夕飯の時刻には遅いようで、エイゼルににた格好をした何人かが、ゴブレットを片手に談笑している。
 旅人、だろうか。
 テーブルの横に立てかけてある大剣に冒険者かもしれない、と少女時代に読んだ物語の中から、単語を拾い上げる。

 賢者がいるなら冒険者がいてもおかしくない。
 古今東西に語り継がれるファンタジー物語の、代名詞だ。

「よく飲むねえ」

 四杯目のゴブレットを凛子に渡し、リラは呆れたような顔をする。

「チェザレ酒だよ」

 エイゼルの言葉に、凛子は琥珀色の液体をぺろりと舐める。
 まろやかな風味で、鼻に残る香ばしいかおりは、醸造酒のそれに似ている。
 アルコール分は先ほど飲んだ醗酵酒系のズァッヘンよりもやや強い。ウィスキー系かな、と凛子は頭の辞書に単語を付け加えた。

「オいシい」

 凛子は満足そうな顔をして、次の瓶を指差しながら首を傾げた。

 実は先ほどエイゼルが言った「サケ」という言葉は日本語の「酒」である。
 カウンター裏に並ぶ瓶を指して、何度もあれってお酒?とリラに訊ね、とまどう女主人が中身を少しだけ小皿に落として凛子に渡した事が、切欠だった。

 エイゼルが飲んでいた物も酒の種類で「ラエム」凛子が最初に渡されたミルクに入っていた物は「ルッカラ」というブランデー系。利き酒のように、並んでいる瓶の中身を確認し、凛子はこの世界の単語をいくつか覚えた

 ――凡て酒の名前だが。

 因みに何を飲んでも「わああこれもお酒だー」と喜んでいた凛子に、エイゼルが「サケ?」と問い、ワールドワイドを超えた呑ミニケーションが成立したのである。

< 34 / 218 >

この作品をシェア

pagetop