2Kの君~終電帰りの限界OL、2Kの扉を開けたら異世界騎士の部屋でした
瓶詰めの果実。繊細なガラス細工に、真鍮の小物類。
面白そうな物を横目に、来た道を引き返す。
先ほどの教会で一体どんな話が交わされたのかは判らないが、結果として何も解決はしていないようだ――程度の理解力はある。
物思いに沈み込みそうな気持ちを叱咤し、凛子は顔をあげる。
途端に色鮮やかな反物に目を奪われ、布地の間に見覚えのあるものを見つけた彼女は小さな驚愕を漏らした。
「あ、シュシュ」
太陽は高い位置にあり、空は穏やかな天藍色を成している。
すっかり雪の止んだ路肩に、露天商が商品を並べはじめていた。
温泉地サルスェはアゼリアスの南西に位置し、特別自由都市ゼイレンに程近い。
職人の街ゼイレンで商品を仕入れ関税のすくないアゼリアスで商売する隊商は、サルスェ、リイラン、クァルツを経て王都ガーラントを目指すのが常だ。
「お嬢さんにはこちらの色が似合いそうだね」
そう、銀朱色をしたものを店主に押し付けられ、凛子は一気に困惑へと表情を変える。
「そう思わないかい?」
にこにこと同意を求める店主の掌にエイゼルは苦笑ひとつ、銅貨を落とす。
「えーっと……ありがとうね。エイゼル」
恐縮そうな顔で頭を下げた凛子に、彼は気にするなと片手をあげた。
それにしても――。
エイゼルは警戒心の欠片も無い、隣に立つ凛子を見る。
ラストゥーリャ。叡智の塔主の名前を口にしたときもまた、驚かされた。
彼の人も非常に綺麗な漆黒の髪をしている。もしかしたら、彼の人に連なる人物である可能性もあるのだろうか。
サーシャの見立てによると、少なくとも危険な因子は無いとの事だ。
もちろん、凛子が故意に能力を隠し、このアゼリアスに害成す者である可能性も、無きにしも非ず。
とりあえずは、叡智の塔主に見分してもらった方が良さそうだろう。
今の所、稀代の魔術師である黒き賢者の右に出る者はこの大陸に居ないのだから。
ただただ無防備なだけの娘を見て、なんとなく後ろめたくなるが、疑心を持つのは職業柄である。
雪嵐が収まったのは僥倖。
下手したら二三日サルスェに足留めをくらうと予想していたのだが、この調子だと転送門は問題なく使えるだろう。
常宿にしているシュロス亭の味も素朴で馴染み深いが、今晩は、数ヶ月ぶりに王都の洗練された食事を味わえそうだ。
「これから王都ガーラントに移動するよ」
通じないだろうが、気休めに告げると、娘は「ガーラント、ガーラント」と噛み締めるように繰り返していた。
宿に戻り女主人に預けていた荷を確認する。
エイゼルの雑嚢の横に、自分の持ち物が並べられ、凛子は何事か、と考える。
エイゼルが宿代を支払いかけ、はっと顔をあげた。
凛子の荷物は仕事用カバン一つと紙袋が一つ。
それから傘。
紙袋の中から、平たい装飾箱と大き目の化粧箱を女主人に渡した。
女主人は、繊細な作りをしている小箱を驚いたように見、それから包み紙の感触を確かめ、驚きを深めた。
凛子は箱を開けろと仕草で伝える。
恐る恐る女主人が開封すると、茶色い粉が塗された、親指の爪ほどの塊が並んでいる。
凛子がそれをひとつ自分の口に放り込む。釣られるようにエイゼルと女主人が指を伸ばした。
「ピエヌの宝石?――に似ている」
エイゼルの呟きに、リラは「こんな高価な物、初めて口にしたよ……」と目を細めた。
王都でも有名な練り菓子だ。
貴族でも、年に数度口にするかしないかの嗜好品である。
化粧箱からは、見慣れない文字が刻まれた瓶が出てきた。
すかさず付け足された凛子の「サケ」という言葉にリラとエイゼルは笑い声を上げる。
「サケ。ヴィラジェンマ――オいシい」
三つの単語で、これがヴィラジェンマという名のサケでおいしいのだと伝えているのだろう。
「宿代がないから、代わりなんじゃないかな」
地方では物々交換で代価を支払う事も珍しくない。
「エイゼルがリィンの分も払ってくれたじゃないか……ピエヌの宝石なんて」
受け取れないよと箱を返そうとする女主人を制し、凛子は首を横に振った。
「いつか絶対にお支払いしますから。本当にすいません」
役立つかは判らないが、凛子はカバンの中から名刺を取り出し、箱に添える。
一瞬だけエイゼルは掌ほどの大きさをした紙に書かれてある流麗な紋様に目を走らせる。
しかしやはりそれに、魔力の欠片も感じられなかったのである。
面白そうな物を横目に、来た道を引き返す。
先ほどの教会で一体どんな話が交わされたのかは判らないが、結果として何も解決はしていないようだ――程度の理解力はある。
物思いに沈み込みそうな気持ちを叱咤し、凛子は顔をあげる。
途端に色鮮やかな反物に目を奪われ、布地の間に見覚えのあるものを見つけた彼女は小さな驚愕を漏らした。
「あ、シュシュ」
太陽は高い位置にあり、空は穏やかな天藍色を成している。
すっかり雪の止んだ路肩に、露天商が商品を並べはじめていた。
温泉地サルスェはアゼリアスの南西に位置し、特別自由都市ゼイレンに程近い。
職人の街ゼイレンで商品を仕入れ関税のすくないアゼリアスで商売する隊商は、サルスェ、リイラン、クァルツを経て王都ガーラントを目指すのが常だ。
「お嬢さんにはこちらの色が似合いそうだね」
そう、銀朱色をしたものを店主に押し付けられ、凛子は一気に困惑へと表情を変える。
「そう思わないかい?」
にこにこと同意を求める店主の掌にエイゼルは苦笑ひとつ、銅貨を落とす。
「えーっと……ありがとうね。エイゼル」
恐縮そうな顔で頭を下げた凛子に、彼は気にするなと片手をあげた。
それにしても――。
エイゼルは警戒心の欠片も無い、隣に立つ凛子を見る。
ラストゥーリャ。叡智の塔主の名前を口にしたときもまた、驚かされた。
彼の人も非常に綺麗な漆黒の髪をしている。もしかしたら、彼の人に連なる人物である可能性もあるのだろうか。
サーシャの見立てによると、少なくとも危険な因子は無いとの事だ。
もちろん、凛子が故意に能力を隠し、このアゼリアスに害成す者である可能性も、無きにしも非ず。
とりあえずは、叡智の塔主に見分してもらった方が良さそうだろう。
今の所、稀代の魔術師である黒き賢者の右に出る者はこの大陸に居ないのだから。
ただただ無防備なだけの娘を見て、なんとなく後ろめたくなるが、疑心を持つのは職業柄である。
雪嵐が収まったのは僥倖。
下手したら二三日サルスェに足留めをくらうと予想していたのだが、この調子だと転送門は問題なく使えるだろう。
常宿にしているシュロス亭の味も素朴で馴染み深いが、今晩は、数ヶ月ぶりに王都の洗練された食事を味わえそうだ。
「これから王都ガーラントに移動するよ」
通じないだろうが、気休めに告げると、娘は「ガーラント、ガーラント」と噛み締めるように繰り返していた。
宿に戻り女主人に預けていた荷を確認する。
エイゼルの雑嚢の横に、自分の持ち物が並べられ、凛子は何事か、と考える。
エイゼルが宿代を支払いかけ、はっと顔をあげた。
凛子の荷物は仕事用カバン一つと紙袋が一つ。
それから傘。
紙袋の中から、平たい装飾箱と大き目の化粧箱を女主人に渡した。
女主人は、繊細な作りをしている小箱を驚いたように見、それから包み紙の感触を確かめ、驚きを深めた。
凛子は箱を開けろと仕草で伝える。
恐る恐る女主人が開封すると、茶色い粉が塗された、親指の爪ほどの塊が並んでいる。
凛子がそれをひとつ自分の口に放り込む。釣られるようにエイゼルと女主人が指を伸ばした。
「ピエヌの宝石?――に似ている」
エイゼルの呟きに、リラは「こんな高価な物、初めて口にしたよ……」と目を細めた。
王都でも有名な練り菓子だ。
貴族でも、年に数度口にするかしないかの嗜好品である。
化粧箱からは、見慣れない文字が刻まれた瓶が出てきた。
すかさず付け足された凛子の「サケ」という言葉にリラとエイゼルは笑い声を上げる。
「サケ。ヴィラジェンマ――オいシい」
三つの単語で、これがヴィラジェンマという名のサケでおいしいのだと伝えているのだろう。
「宿代がないから、代わりなんじゃないかな」
地方では物々交換で代価を支払う事も珍しくない。
「エイゼルがリィンの分も払ってくれたじゃないか……ピエヌの宝石なんて」
受け取れないよと箱を返そうとする女主人を制し、凛子は首を横に振った。
「いつか絶対にお支払いしますから。本当にすいません」
役立つかは判らないが、凛子はカバンの中から名刺を取り出し、箱に添える。
一瞬だけエイゼルは掌ほどの大きさをした紙に書かれてある流麗な紋様に目を走らせる。
しかしやはりそれに、魔力の欠片も感じられなかったのである。