2Kの君~終電帰りの限界OL、2Kの扉を開けたら異世界騎士の部屋でした
「やっば……!」

 エイゼルは隣に在るべき姿が無いのに、蒼褪めた。

 彼女の魔力は弱い。
 その為、ある一定量の魔力を有している鉱輝石で、足りない魔力を補わなければ、転送門は正確な位置へと導いてくれない。
 シュロス亭を出る前に渡そうと思っていた腕輪は、懐の中で眠ったままだ。

「うわー……やっちゃったよ……」

 会話がほぼ通じない相手との交流は、諜報以上に気をつかうものだった。
 それにしても迂闊過ぎる――と、自分にしては有りえない失態に、エイゼルは頭を抱え込む。
 残されたのは、彼女の荷物。
 紙製の袋と、黒く染色された皮で編み上げられた鞄。
 それから用途の判らない杖状の棒だった。

◇◇◇

 凛子は刹那のうちに一変した景色に瞬きをする。
 踏みしめる大地の感触は柔らかな雪。

 細かな模様が刻まれた石に立っていた筈なのだが、瞬時に移動したらしい。
 初めての魔術らしきものに触れ、感動していたのもつかの間。
 隣に立っていた男が居ない。
 広大な雪原の真ん中、動く物はあたりになく、凛子は呆然と立ち尽くす。

 裏切られたような感覚が遅れてやってきたのは、自分が広大な雪原のど真ん中に立ち尽くし、背後に低い鳴き声を聞いていると、自覚した時だ。

「ひぃっ!」

 振り返って確認した物に、声が裏返る。
 犀に似た形の斑模様をした大型の動物が、群れをなしてのっしのっしと向かってくる。
 腰を抜かして雪原に転がった凛子は、何かから身を守るように目を閉じた。
 が、一向に衝撃がくる事も無く、記憶が途絶える事もない。

「あれ……」

 恐る恐る目を開けた凛子の前を、斑の動物が横切っていた。
 左手に見える森の方から現われた動物の群れは、凛子の存在など意にも介さず、右手へと行く。
 その動物の回りを、小さな生物が体を弾ませるよう駆け巡っている様子は、

「……放牧?」

 雪積もっているのに?

 飛び込む光景に対する疑問を、そのまま口に出しだがら、身を起こす。
 立ち上がった凛子に、利口そうな生物が駆け寄ってくる。
 友好的に尻尾を振っているのは長毛の「犬……だよね」

 ともかく、と誘われるよう動物たちの後を追って、凛子は雪原を漕ぐように前にすすみはじめた。
 平原はゆるやかな斜面へと続いていた。
 木造の平屋が見える。
 屋根から伸びるのは石造りの煙突。
 煙が棚引いている。
 雪景色に似つかわしい風景ではあるが……。

 適度な運動であがった体温は、心地よい。
 押し流された雲間から太陽が顔を覗かせる。
 雪面が反射してまぶしい。
 手を翳して空を見上げる。

 とても遠くに、来てしまった。
 週末は、今日で終わりだというのに。
 帰れそうな気がまったくしなかった。

 ……途方も無く壮大なスケールで、迷子になった自分。
 気を抜くと不安に押しつぶされそうになる。
 そんな自分を叱咤するよう、浮かべるのは営業スマイル。

 玄関から出てきた、老人に、凛子は勢い良く頭を下げた。
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