扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました

 この大陸では、寄せ集め国家のイズラルを別として、リアス神を祀るリアス聖教を信仰するものが多い。
 と言ってもアゼリアス聖王国内でさえ、何を信仰しても異端と弾劾されることはないが、創造神として語り継がれるリアス神信仰は民俗学的見地から言っても古く、民衆の心に深く日常のそれとして根付いている。

「世界の創世はリアス神によるものでは無く、その眷属によるもの。黒く貴き獣こそが唯一神であって、祈れば久遠の安寧を約束してくれる」

「そこまで終末を予感させるような神では無さそうだけど」

 解釈の仕方によって、信仰は対象も教義も形を変える。
 蒼海を隔てた先の大陸では、白き天の女神と黒き地の女神が火、水、土、風を捏ね、この世界を創世したという神話がある。

「ええ、この話には続きがあって、貴き獣は人の欲望および腐敗を嫌うらしいんですよ。腐敗を生むのは豊かさ――つまり財産です。現世での滓を捨て来世へ。久遠の安寧は来世にあるんです」

「そうなると、随分俗な話になる」

「ゼイレンに、その像を持ち込んだ男はロマーヌの商人でして」

 サーシャは片眉をあげた。

「ロマーヌでは、年があけてからじわじわ塩の値段が上がっているそうですよ。市井の生活を逼迫させるような影響はまだ見えないそうですが」

 エイゼルは役人では無い、かといって教会に属する人間でもない。
 しいて言えば、在野の魔法師である。

 諸国を漫遊し、腕を研鑽する……と言うと聞こえが良いが、大した物ではない。
 組織に縛られるのが面倒なだけである。
 青錆色の髪が示す通り、潜在魔力が一般人に比べると高かったのだが、中央にいけば平均値だ。

 間諜の真似事を始めたのは何年前だろうか。
 貴族の生まれとは云え三男坊である自分は所領を継ぐ事も無い。
 家を飛び出し、荒事に興じ、その日暮らしの怠惰な生活をしていた所、当時クァルツ司教を務めていた、薄墨色の髪をした男――現サルスェ司教サーシャ・レイヌ・ウル・ダッカと出会った。
 出会ったというか、喧嘩を売って負けたのだ。

 その時のツケを支払うために、サーシャの手伝いをするようになったのだが、そこにサーシャと同じく、聖王庁に身をおく兄マリセル・ルーサ・ウル・ローイの口添えがあったのは、うすうす気がついている。

 優秀な兄の日陰で捻くれた弟としては、すべて自分を更正させる為に仕組まれた事と公に認めるのは、なかなか難しい。
 だが、しかしエイゼルは心のうちでは感謝している。
 世界を見て回るのは面白いし、時折思いがけない事象に行き会ったりもする。

「なんとなく気になる話だね」

 さらに別紙へといくつかの文字を書付、サーシャは封蝋を施しエイゼルに渡した。
 私的な書簡――いわゆる手紙である。

 表向きに、宗教と政治は一線を画している。しかし教会は国内の至るところに在り、またアゼリアス聖王国のみならず、リアス聖教会は他国にも通ずる独自の伝手を持つため、自然と集まってくる情報が多い。

 眉唾ものの噂話から、誰それの恋愛譚まで様々である。
 所領を統治している領主とはまた違った角度から領民たちを見守る事もできる。
 数多の情報のうちから、有益なもののみを、あくまでも噂話程度として中央に伝えるのだ。
 アゼリアス聖王国の政治を裏方から支える駒の一つである。

「ああ、それからもうひとつ」

 サーシャの薄墨色の髪を見ていたエイゼルが口を開く。

「不思議な色持ちの娘と出会いまして――」

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