扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
◇◇◇
凛子はエイゼルに手を引かれ、礼拝堂の裏手にある回廊を抜け、聳え立つ尖塔の階段を登っていた。
螺旋を描くように巡らされている石段の足元をみているだけで眩暈がしそうだ。
日頃、どれだけ運動不足なのかを思い知らされる。建物を二階分ほど登った時点で息があがっていた。
エイゼルが促した先では部屋の主が、佇んでいた。
ぼやけた薄墨色の髪はアッシュの入ったカラーリングをしているような風合いだ。
男性にしては長めの髪に、こちらでは長い方が一般的なのかも、と思う。
「これは見事な色持ちだね」
やや目を瞠ってサーシャが口にした。
凛子をしばらく見つめてから、彼女の頭に手を乗せる。
エイゼルに連れられてきた部屋は、ここが執務室だとでも主張しているかのように、
書棚を両側に配置し、中央奥にどっしりとした机が置かれてある。
机上には、書類が雑然と重ねられており、凛子はなんとなく会社のデスクを思い出した。
「拾ったって?」
「違いますよ! 困っているっぽいし、なんか放っておけないじゃないですか!」
表情を僅か崩し、人の悪そうな顔つきをした主に、エイゼルは少々慌てる。
確かに今より少し若い頃は、睦言に関しても旺盛だったが。
潜在魔力値の高さは、体の一部分に色を持って現れる。
多くは髪と瞳だ。青錆色の髪をしたエイゼルは水の要素と呼応する魔力が強い。
風は白、土は翠といった具合に。
その三つに光と闇を足した五つの要素で世界は成り立ち、また、魔力の根源ともなっている。
光はその性質から、対象に見せ与える物で、闇はその反対の性質を持つ。
端的に云うと前者は動の力、後者は静の力を得手としている。
黒の色持ちに紋様術を操る術師が多いのには、基本性質からくるものだ。
黒き賢者と名高い叡智の塔主もまた、稀代の紋様術師である。
魔法師であるエイゼルは魔術師達の脳内構造がいまいち理解できない。
机上で書物を紐解き思索するより、自然にある要素を借り受け、そのまま力として振るう方が気持ちが良いのに。
しかしだからこそ、いまだに転送術を使いこなせず、転送門の世話にならなきゃいけないのだという事を思い出し、小さく肩を竦めた。
「うん――エイゼルの言う通り、捻れは無いね。でも魔力が、とても弱い。髪も目も見事な色をしているのに……何か、遮られる様な……封じの術具を付けているわけでも無さそうだし」
「こういう事ってあるんでしょうか?」
「世界は広いからね。そういう人間が居る可能性が皆無だと、言い切れないよ」
「言葉がまったく通じないかと思えば、いくつかの単語は知っているんですよ。シャアルなんて古語も知っているみたいですし。知能が足りないという訳でも無さそうだし……凄い酒飲みっぽいから、未成年って訳でも」
「もう、飲ませたのかい?」
「だから違いますって! ……そういえば彼女の言葉で酒をサケというらしいですよ。手がかりにならないでしょうか?」
「共通語には無い響きだね」
サーシャの手から開放され、凛子は目を瞬かせる。
一瞬だけ、ぞわぞわした感触が体を抜けた。いったい何をしたんだと聞こうにも、言葉を知らない。
凛子の異世界語録はかなり偏っており、昨晩の酒の種類にプラスして、朝食だったいくつかの食べ物の単語と「美味しい」。
それから先ほどの青い石が「シャール」だという事くらいだ。
九割が食に関する言葉で、人間の三大欲求は、どこにいても貪欲だなあと、妙に感心する。
サケやらベレーやらシャールの単語を織り交ぜ、二人の男は会話している。
エイゼル自身はは悪い人ではなさそうな気がする。
それから薄墨色の髪をした優しげな男も。
どうやらここは教会らしき場所だし、執務室の主は聖職者だろうか。
シャールはアゼリアスの国教は一神教だと言っていた。
礼拝堂で見た白い像が、創造神かもしれない。
魔法があって、魔術があって、賢者がいて、戦争が起こるかもしれない。
ベレー、ザラサィ、シャール、ズァッヘン、チェザレ、ラエム、ルッカラ……ら……ら……。扉の人はなんて名前だったっけ。長ったらしくて舌が縺れてしまいそうな。
「ら……らすとー、ラスとーら、ラすとーリャ?」
ふと割り込んだ自信無さそうな凛子の声に、闇の魔術師と水の魔法師は顔を見合わせた。
凛子はエイゼルに手を引かれ、礼拝堂の裏手にある回廊を抜け、聳え立つ尖塔の階段を登っていた。
螺旋を描くように巡らされている石段の足元をみているだけで眩暈がしそうだ。
日頃、どれだけ運動不足なのかを思い知らされる。建物を二階分ほど登った時点で息があがっていた。
エイゼルが促した先では部屋の主が、佇んでいた。
ぼやけた薄墨色の髪はアッシュの入ったカラーリングをしているような風合いだ。
男性にしては長めの髪に、こちらでは長い方が一般的なのかも、と思う。
「これは見事な色持ちだね」
やや目を瞠ってサーシャが口にした。
凛子をしばらく見つめてから、彼女の頭に手を乗せる。
エイゼルに連れられてきた部屋は、ここが執務室だとでも主張しているかのように、
書棚を両側に配置し、中央奥にどっしりとした机が置かれてある。
机上には、書類が雑然と重ねられており、凛子はなんとなく会社のデスクを思い出した。
「拾ったって?」
「違いますよ! 困っているっぽいし、なんか放っておけないじゃないですか!」
表情を僅か崩し、人の悪そうな顔つきをした主に、エイゼルは少々慌てる。
確かに今より少し若い頃は、睦言に関しても旺盛だったが。
潜在魔力値の高さは、体の一部分に色を持って現れる。
多くは髪と瞳だ。青錆色の髪をしたエイゼルは水の要素と呼応する魔力が強い。
風は白、土は翠といった具合に。
その三つに光と闇を足した五つの要素で世界は成り立ち、また、魔力の根源ともなっている。
光はその性質から、対象に見せ与える物で、闇はその反対の性質を持つ。
端的に云うと前者は動の力、後者は静の力を得手としている。
黒の色持ちに紋様術を操る術師が多いのには、基本性質からくるものだ。
黒き賢者と名高い叡智の塔主もまた、稀代の紋様術師である。
魔法師であるエイゼルは魔術師達の脳内構造がいまいち理解できない。
机上で書物を紐解き思索するより、自然にある要素を借り受け、そのまま力として振るう方が気持ちが良いのに。
しかしだからこそ、いまだに転送術を使いこなせず、転送門の世話にならなきゃいけないのだという事を思い出し、小さく肩を竦めた。
「うん――エイゼルの言う通り、捻れは無いね。でも魔力が、とても弱い。髪も目も見事な色をしているのに……何か、遮られる様な……封じの術具を付けているわけでも無さそうだし」
「こういう事ってあるんでしょうか?」
「世界は広いからね。そういう人間が居る可能性が皆無だと、言い切れないよ」
「言葉がまったく通じないかと思えば、いくつかの単語は知っているんですよ。シャアルなんて古語も知っているみたいですし。知能が足りないという訳でも無さそうだし……凄い酒飲みっぽいから、未成年って訳でも」
「もう、飲ませたのかい?」
「だから違いますって! ……そういえば彼女の言葉で酒をサケというらしいですよ。手がかりにならないでしょうか?」
「共通語には無い響きだね」
サーシャの手から開放され、凛子は目を瞬かせる。
一瞬だけ、ぞわぞわした感触が体を抜けた。いったい何をしたんだと聞こうにも、言葉を知らない。
凛子の異世界語録はかなり偏っており、昨晩の酒の種類にプラスして、朝食だったいくつかの食べ物の単語と「美味しい」。
それから先ほどの青い石が「シャール」だという事くらいだ。
九割が食に関する言葉で、人間の三大欲求は、どこにいても貪欲だなあと、妙に感心する。
サケやらベレーやらシャールの単語を織り交ぜ、二人の男は会話している。
エイゼル自身はは悪い人ではなさそうな気がする。
それから薄墨色の髪をした優しげな男も。
どうやらここは教会らしき場所だし、執務室の主は聖職者だろうか。
シャールはアゼリアスの国教は一神教だと言っていた。
礼拝堂で見た白い像が、創造神かもしれない。
魔法があって、魔術があって、賢者がいて、戦争が起こるかもしれない。
ベレー、ザラサィ、シャール、ズァッヘン、チェザレ、ラエム、ルッカラ……ら……ら……。扉の人はなんて名前だったっけ。長ったらしくて舌が縺れてしまいそうな。
「ら……らすとー、ラスとーら、ラすとーリャ?」
ふと割り込んだ自信無さそうな凛子の声に、闇の魔術師と水の魔法師は顔を見合わせた。