どうやら飼い慣らされていたのは、わたしの方だったようです
「へっ」
 見上げるばかりだったジャックの顔が急に近くなる。

「せ、せ、せんせ!」

 青い瞳をまん丸に見開いて、ジャックは勢いよく後ずさった。案の定、ごつんと戸棚に頭をぶつける始末。

 好意を向けられていることに全く気が付かなかったと言えば、嘘になる。

 けれど、それは流行り病みたいなものだ。過ぎてしまえば、ふとした時によぎる思い出のようになるだろう。
 だからわたしは、ずっとジャックがそういう素振りを見せるたびに片手であしらってきた。

 そしてあの夜、猫になった前夜、わたしは思ったのだ。

 ――いっそ猫か何かにでもなれば、ずっとそばに置いてもらえるのかもしれないけど。

 そう思って、寝台の上で大きくため息をついたのだ。

「と、とりあえず、せんせい、その」

 ジャックはこちらをちらりと見たかと思うと、気まずそうにぱっと逸らした。

「おれには刺激が強すぎるので、できれば服を着て、いただけると……」

 言われてはっとする。
 わたしは、体が元に戻っていた。

 そして猫になった時にネグリジェは脱げてしまったから、人間の姿に戻ったわたしも一糸まとわぬ姿だった。
 弟子の前で、痴態を晒しているというこの状況。

「きゃっ」

 体を背けてみせても、何にもならない。ジャックは律儀に両手で目を覆ったままわたしの横を通り過ぎたかと思うと、さっと寝台から上掛けを取った。

「とりあえず、これ」

 ばさりと上掛けをかけられる。ジャックはわたしの体を覆い隠すように、きゅっとそれを巻きつけた。襟元を掻き合わせるようにしてみても、なんだか心もとない。

 俯いたら、ぽたりと雫が落ちた。
 なんてことはない、わたしは泣いていたのだ。

「なんでもないの。なんでも、ないから」

 最後に泣いたのなんてもういつだったかも覚えていない。それぐらい昔のことだ。だから、どうしたら涙を止められるのか分からない。

 上掛けの端で乱暴に涙を拭いていたら、ぐっと手首を掴まれた。「せんせい」

 ためらいがちにジャックの手が伸びてくる。包み込むように頬に手が触れて、ゆっくりと涙を拭っていった。

「そんな風にしちゃだめですよ」
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