可愛いあの子の継母になるなら、獣人大公の嫌われ妻でも構いませんわ!〜どうやら私は侯爵家の悪女のようです〜
「俺も今日からは『夫人』とは呼ばない」
「最近呼んでいないような――」
「君は恐れ知らずなのか素直すぎるのか、判断がつかなくなってきたな。とにかく、名前で呼び合おう。さあ」

 ぐっと前に押される感覚がした。アイリスの身体を包み込む尻尾が、彼のほうへ引き寄せたのだ。

「あ、危ないとおっしゃったのはどの口ですかっ」

 鉄格子のすぐそばまでぐいぐいと運ばれる。なんて力強い尻尾だろう。

「だから、危なくないと言っただろう。俺は極めて冷静だ」
「旦那様っ――」
「ヴァンレックだ」
「ああもうっ、分かりましたっ。ヴァンレック様っ」

 鉄格子に突っ込まれた彼の鼻先と、今にも触れてしまうのではないかと思ったアイリスは、自棄になって名前を呼んだ。

「それでいい」
「あとで不快になられたりは……」
「しない。はぁ、君は契約書がないと不安になるのか?」
「そういうことではないんですけど」
「では、こうしよう。名前で呼ばれたほうが獣の戦闘本能に意識を持っていかれないと思わないか? つまりここで今、君が俺の名前を呼ぶことで暴走の可能性が下がる」
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