恋は手のひらの上で
初めて来るお店にキョロキョロしていると、
「ここ、ワインの種類多いんです」
と椎名さんが教えてくれた。

私が“ワインが好きです”と言ったのを、ちゃんと覚えていてくれたようだ。

通されたテーブル席に座ると、向こう側に腰かけた椎名さんが浮き上がって見えて、改めて二人きりなんだと思う。


店員が水を置いて去ったあと、椎名さんがふっと息を吐く。

「思ったより賑やかですね」

そう言って、肩にかけていたジャケットに手をかけた。
するり、と布が落ちる。

白いシャツ。
ダークボルドーのネクタイ。

腕を少し持ち上げた瞬間、ジャケット越しでは分からなかった身体の線が浮き上がる。
それだけなのに、なぜか目が離せない。

「このお店はよく来るんですか?」

とりあえずの質問をすると、彼は「いえ」と首を振った。

「同僚と来たことがあるくらいです」

薄明るい照明が、彼の目元を映す。
たぶん他の人より少し淡い、茶色の瞳。

その目と合う前に、私は慌ててメニューに視線を落とした。

「椎名さん、なに飲みますか?」

声が裏返らないように、気をつける。
この緊張がとけるのは、いつなんだろうと頭をよぎった。


彼はビール、私はスタンダードなお店でも人気のあるという赤ワインを選んだ。


注文したお酒は、すぐに運ばれてきた。

「じゃあまずは、」と椎名さんがグラスを持ち上げる。
私も合わせてワイングラスを掲げた。

「お疲れ様です」

二人で、同時に軽く合わせる。

「まずは、承認が通ってよかったです」

「はい」

私たちは、これまでずっと同じ仕事をしてきた。
同じものを違う角度から見てきた。
ひとつの形になっていく商品を共同で作り上げる、というはじめの一歩を踏み出したばかりだ。


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