恋は手のひらの上で
「椎名さんって、休日はどうしてるんですか?」

私はワインを軽く傾けながら、ふと尋ねてみた。

椎名さんはフォークを置き、少し考えてから答える。

「うーん…大体は家で本を読んだり、映画を観たりですかね」

「やっぱりインドア派なんですね」

思わず笑みがこぼれる。想像通りの静かさ。

「まあ、完全に出ないわけじゃないですよ。たまに自然の中にも行きます」

彼の目が少し柔らかくなるのを、私は見逃さなかった。

「自然?キャンプとかですか?」

「ソロキャンプもしますけど、釣りをしたり、景色を眺めたり。登山とかもします。大人数は苦手です」

「なるほど。椎名さんらしいですね」

ワイワイしている中に溶け込むのは、あまり得意ではなさそうなのは、見ていて分かる。
ワインをこくこく飲んで、このひと時を楽しむ。

「静かに楽しむの、好きなんですね。いいなぁ」

「静か…というより、自分のペースで動きたいだけかもしれません」

椎名さんの自然な笑顔に、私の心臓が少し早くなる。


こんな時に、紗英の言葉を思い出してしまった。
『ちゃんと聞いてきなよ。彼女いるかどうか』

聞くなら、今なのかもしれない。
一瞬、グラスを止めて考える。

心の中で、いま聞かないと後で後悔するかも、とこだまする。


「……あの、椎名さん」

ここに来て、自分の心臓の音がやけに響く。
落ち着いたはずの心臓が、またうるさい。

「はい」と彼が首をかしげる。
その目から、今は逸らしてはいけない。

「今、お付き合いしてる人、いますか?」

つい小さな声になってしまったけれど、目はちゃんと彼を見て言えた。

椎名さんは少し驚いたように眉を上げた。
でもすぐに、静かに首を振る。

「いません」

その一言に、私の胸の奥がふわりと温かくなる。
ちょっとだけドキドキが跳ねて、でも安心したような、そんな気分。

「逆に、もしかして西野さんにはいます?」

彼は相変わらず、まっすぐ私を見てくる。
また、逸らしてはいけない瞬間だ。

「いないです」

今度は、はっきりと言えた。

言った瞬間、自分の声がやけに素直だったことに気づく。
変に取り繕ってない。強がってもない。

椎名さんは、一瞬だけ目を細めた。

「…それは、よかったです」

それだけなのに。
それだけなのに、なんでそんなに優しく言うの。


ワインを一気に飲んでしまった。グラスの残りはあと少し。

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