恋は手のひらの上で
「椎名さん」

「はい」

「なんで、今日誘ってくれたんですか」

核心をみずからつくような質問を口にしてしまったのは、どうしてなのは分からない。
でも、まだ酔いが回ってこないうちに聞かなければ誠実さは伝わらないと思った。


椎名さんは、少しだけ視線を落とした。

逃げるためじゃない。
言葉を選ぶための、ほんの一瞬。

「仕事の話をするだけなら、会社でもできると思っていました」

静かな声だった。
賑やかな店内には、静かすぎるほどの声。

「でも、それじゃ足りないと思ったんです」

私の鼓動が、また速くなる。

「西野さんのことを、ちゃんと知りたいと思った」

まっすぐだ。誤魔化さない。

「仕事をしているときの顔は、もうじゅうぶん知っているので。それ以外の時間の西野さんも、見てみたいと思ったので。それでお誘いしました」

テーブルの下で、指先がきゅっと縮こまる。
彼がまったく曖昧にせず、ただそこに感情をちゃんと表してくれるその気持ちが、今の私には突き刺さる。

私も、なにか返さなくちゃ。

「私も…同じこと思ってました」

残り少なくなっていたワインを飲み干す。

「もっと、ちゃんと知りたいです」

椎名さんはここでちゃんと、はっきりと笑った。

「じゃあ、今日、誘ってよかった」


その笑顔を前にして、私は息を飲んだ。

これ以上、飲んだらだめだ。
でも、飲まないと平静も保てない。

ワインの減りが、いつもより早い。
頬のあたりがじわりと熱くて、頭の奥が少しだけふわついていた。


…ということで、気がついたら何杯目かのおかわりをしていた。


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