恋は手のひらの上で
「はい、ありがとうございます。まず、製造部への指示についてですが…」

メモを見ながら、最終確認を順に伝えていく。

成分の最終調整、充填順序、ラベル表示の修正点。
椎名さんは一つずつ、無駄なく拾っていった。


『ちなみに、マーケティングチームには資料のPDFを送ってありますか?』

「はい、大丈夫です。昨日送信済みです。今日、追加でプロモーションのスケジュールも確認します」

『よろしくお願いします』

声の温度はいつも通り一定で、真面目だった。
それなのに、電話越しのその落ち着きが妙に意識に残る。

「それから、品質管理部からの問い合わせ対応ですが、表記の件で追加質問がありそうです」

『やはり来ましたか。想定問答のリストは昨日確認済みです』

「何かありましたら、またご連絡します」

『分かりました』

業務連絡としては完璧だった。
伝えるべきことは伝えた。そう思って気が緩んだ、そのとき。


『ところで、昨日は無事に帰宅できましたか?ラインの文面が……ちょっと怪しかったです』

胸が跳ねる。

「あっ、あの、はい、すみません。無事に帰りました。文面は、ちょっと…」

ごまかすのが精一杯だった。
目の前のキーボードを見つめたまま、手をぎゅっと握る。

『そうですか。よかったです』

それだけ言って、椎名さんは『では、また』と電話を切った。

慌てて「失礼します」と言った頃には、もう遅い。
私は受話器を置いて、息をひとつ吐く。


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