恋は手のひらの上で
••┈┈┈┈••

その数日後。
私は朝比奈化粧品の会議室にいた。


東央ヘルスケアのガラス張りの会議室とは対照的な、小さくて書類棚の並ぶこぢんまりした部屋だ。

今日は保湿ジェルの最終確認。
処方はもう承認済みで、このあと役員報告に向けた社内最終すり合わせが控えている。


「西野」

隣で高橋が小さく声をかけてくる。

「このグリセリンの数値、さっきの資料だと0.5上がってる」

「え、ほんと?」

慌てて画面を見直す。

「あ、ほんとだ」

修正しながら苦笑いする。

「最近、寝不足で……」

「珍しいな」

「ちょっと、ね」

高橋はそれ以上聞かない。

でも一瞬だけこちらを見て、すぐ画面に戻った。
あの夜のことを、二人とも触れないままだった。


ノックの音がして、ドアが開く。

「お待たせしました」

入ってきたのは椎名さんだった。

グレーのジャケットに、淡いブルーのネクタイ。
いつも通り落ち着いた雰囲気なのに、今日は少しだけ髪が乱れている。

たぶん急いで来たのだろう。
本人は気づいていないらしく、そのまま申し訳なさそうに目尻を下げた。

「すみません、別の会議が少し押してしまって」

「いえ、大丈夫です」

私は立ち上がったが、高橋は軽く会釈しただけだった。

「では始めましょうか」

いつもの落ち着いた声で、打ち合わせが始まる。



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