恋は手のひらの上で
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応接室を出ると、廊下の空気はさっきよりずっと静かだった。


紗英に支えられながら廊下を進み、エレベーターホールへ抜ける角を曲がる。
そこに立っていたのは、椎名さんだった。

紗英が彼に会釈する。

「椎名さんですね」

「はい」

「他の会社の方にお願いしてしまってすみません。芽依のこと、お願いします」

そして私に視線を送る。

「芽依、ちゃんと休むんだよ」

「……うん」

いつもは茶化してくる紗英の真剣な眼差しが刺さる。
素直にうなずくしかなかった。


紗英は持っていたバッグを少し迷ってから私ではなく椎名さんに預け、そのまま背中を押した。
まるでバトンタッチみたいに。

受け取った椎名さんは、私の顔色をうかがうように尋ねる。

「歩けますか?」

「大丈夫です」

そう答えたものの、紗英の支えが消えた途端、足元が頼りなくなる。


一歩踏み出した瞬間、ぐらりと視界が揺れた。
すぐに、腕に手が添えられる。

椎名さんの手は強くも弱くもなく、ただ支えているだけだった。
必要以上に触れないようにしているのが、逆に分かる。

その距離が少しくすぐったい。

「早く帰って休んだ方がいいです」

落ち着いた口調なのに、どこか少しだけ急いでいるように聞こえた。

「…すみません」

思わずそう言うと、椎名さんはすぐに首を振る。

「謝らないでください」

いつもより少しだけ強い声だった。
驚いて顔を上げると、椎名さんはすぐ視線をそらし、エレベーターを見た。

「転ばないようにしてください」

それだけ言って、ゆっくり歩き出す。
支えられているのに、なぜか自分で歩いているみたいな感覚だった。

エレベーターに乗り込み、扉が閉まる。
直前まで、紗英は心配そうな顔のままだった。


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