恋は手のひらの上で
会社の出口を出ると、夜の空気がひんやりと頬に触れた。
駐車場の街灯の下で、椎名さんが車のドアを開ける。
「どうぞ」
助手席を示され、なんとか腰を下ろす。
ほっとした瞬間、身体から力が抜けた。
シートベルトをつけようとして、手がうまく動かない。
「…あれ」
ぼんやりした頭で何度か引っ張るけれど、届かない。
そのとき、運転席に乗り込んできた椎名さんの手が隣から伸びてきた。
「俺がやりますよ」
近い。
思ったより近くて、思わず息が止まる。
スーツの布の音。
かすかな香り。
ネクタイが視界の端で揺れる。
カチッと、シートベルトが留められる音がした。
「これで大丈夫です」
椎名さんが離れようとした、その瞬間。
ふらついた身体が少し前に傾いた。
反射的に、何かを掴む。
指先に触れたのは、スーツの袖だった。
ぎゅっと握ってしまう。
「あ…」
自分でも何をしたのか分からないまま、手を離そうとする。
でも、力が入らない。
椎名さんは驚いたように一瞬だけ動きを止めた。
静かな車内に、二人の呼吸だけが残る。
その数秒が、とても長く感じた。
それから、彼はとても静かな声で言った。
「…そのままでいいですよ」
怒るでもなく、困るでもなく。
ただ、少しだけ優しい声だった。
走り出した車の中で、すぐに意識が半分途切れつつあった。
車が止まった気がした。
信号だろうか。
ぼんやりした意識の中で、低い声が聞こえる。
「…椎名です」
ああ、電話。
仕事だ。
車内のスピーカーから、かすかに相手の声が流れている。
ちゃんと起きていなきゃいけないのに、まぶたが重い。
「はい、発売スケジュールはそのままで」
少し間が空く。
「いえ、それは西野さんが説明します」
─────え?
自分の名前が聞こえた気がして、ほんの少しだけ意識が浮く。
「この商品の芯は、西野さんなので」
これは、夢?
もう一度目を開けようとしたけれど、まぶたは動かなかった。
遠くで信号が変わる光が見える。
それから、車がまたゆっくり動き出した。
駐車場の街灯の下で、椎名さんが車のドアを開ける。
「どうぞ」
助手席を示され、なんとか腰を下ろす。
ほっとした瞬間、身体から力が抜けた。
シートベルトをつけようとして、手がうまく動かない。
「…あれ」
ぼんやりした頭で何度か引っ張るけれど、届かない。
そのとき、運転席に乗り込んできた椎名さんの手が隣から伸びてきた。
「俺がやりますよ」
近い。
思ったより近くて、思わず息が止まる。
スーツの布の音。
かすかな香り。
ネクタイが視界の端で揺れる。
カチッと、シートベルトが留められる音がした。
「これで大丈夫です」
椎名さんが離れようとした、その瞬間。
ふらついた身体が少し前に傾いた。
反射的に、何かを掴む。
指先に触れたのは、スーツの袖だった。
ぎゅっと握ってしまう。
「あ…」
自分でも何をしたのか分からないまま、手を離そうとする。
でも、力が入らない。
椎名さんは驚いたように一瞬だけ動きを止めた。
静かな車内に、二人の呼吸だけが残る。
その数秒が、とても長く感じた。
それから、彼はとても静かな声で言った。
「…そのままでいいですよ」
怒るでもなく、困るでもなく。
ただ、少しだけ優しい声だった。
走り出した車の中で、すぐに意識が半分途切れつつあった。
車が止まった気がした。
信号だろうか。
ぼんやりした意識の中で、低い声が聞こえる。
「…椎名です」
ああ、電話。
仕事だ。
車内のスピーカーから、かすかに相手の声が流れている。
ちゃんと起きていなきゃいけないのに、まぶたが重い。
「はい、発売スケジュールはそのままで」
少し間が空く。
「いえ、それは西野さんが説明します」
─────え?
自分の名前が聞こえた気がして、ほんの少しだけ意識が浮く。
「この商品の芯は、西野さんなので」
これは、夢?
もう一度目を開けようとしたけれど、まぶたは動かなかった。
遠くで信号が変わる光が見える。
それから、車がまたゆっくり動き出した。