恋は手のひらの上で
ひんやりしているのに、不思議と安心する。

─────ああ、この人の手。
前から思っていたけど、きれいな手だ。
指が長くて、すこしかたくて、仕事をしている人の手。

ぼんやりした頭で、そんなことを考えてしまう。
だめだ。
今それ考えるの、絶対違う。


「やっぱり、熱、まだ高いですね」

椎名さんは何事もない顔で言う。
私だけが、妙に落ち着かない。

「そうですか…」

前触れなく触られた衝撃なのか、熱があるからなのか、どちらか分からない熱さ。
ただ、自分でも声が少しぼんやりしているのが分かる。

椎名さんは手を離すと、少しだけ考えるように視線を落とした。


「体温計あるから、測ってみるか」

そう言ってもう一度立ち上がる。たぶん、ひとり言。


キッチンの方へ歩いていく背中を、ぼんやり見送る。

…今、あまりにも普通に、額を触られた。
心臓が遅れてドクンと鳴る。


戻ってきた椎名さんは、小さな体温計を差し出した。

「脇で測ってください」

「はい」

言われるまま挟む。

沈黙のあと、ピッ、という電子音。
やけに大きく聞こえた。

椎名さんが体温計を受け取って表示を見る。
その瞬間、ほんの少しだけ目が細くなった。

「…三十八度五分」

「そんなに?」

思ったより高い。

「ほら、ね」

椎名さんは言った通りでしょ、とばかりに小さく息を吐いた。
そして、いつもの落ち着いた声で言う。

「今日は大人しく患者になってください」

一瞬だけ目が合う。

「俺が看病します」

胸の奥が、また変な音を立てた。


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