恋は手のひらの上で
「とりあえず、今日は無理に食べなくて大丈夫です」
椎名さんが体温計をテーブルに置きながら言った。
「水分だけ取れれば」
「…はい」
うなずいたものの、身体がまだぼんやりしている。
椎名さんは少し考えるように視線を落として、それからクローゼットを開く。
収納スペースが見えたけれど、どれもシンプルなものばかりが並んでいる。中から服を取り出すのが見えた。
「その服のままだと休みにくいと思うので、よかったらどうぞ」
一瞬、言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
差し出されたグレーのスウェットと、椎名さんを見比べる。
「え?」
「着替えた方が楽だと思います」
あまりにも自然に言われて、逆に動揺する。
「い、いや、で、でも」
と、困惑が面白いほど声に出た。
「脱衣所、使ってください」
絶対に私のあたふたした様子は見ているはずなのに、彼はまったく気にすることなく、廊下の奥を指差した。
「右側です」
さらっと言ってキッチンの方へ歩いていく。
断る隙がない。
私は少しふらつきながら立ち上がった。
「あ。歩けます?」
ひょこっとキッチンから顔を出され、私は反射的に「大丈夫です!」と声を上げてしまった。
言われた通り廊下を進む。
右のドアを開けると、小さな洗面スペースがあった。
白い洗面台。
鏡。
その横に、きれいに並んだ歯ブラシ。
─────ちゃんと、一本だけ。
タオルも、掛かっているのは一枚。
整っているけど、生活感はちゃんとある。
でも、誰かと暮らしている感じは、一切ない。
洗濯機の横に、乾いたタオルが何枚か積まれている。
洗ってはあるけれど、畳むところまではしていないらしい。
“男性の一人暮らしそのもの”だ。
なぜか、そこで胸の奥が少しだけ落ち着く。
「…なに安心してるんだろ」
自分で自分につぶやいて、少しだけ恥ずかしくなる。
椎名さんが体温計をテーブルに置きながら言った。
「水分だけ取れれば」
「…はい」
うなずいたものの、身体がまだぼんやりしている。
椎名さんは少し考えるように視線を落として、それからクローゼットを開く。
収納スペースが見えたけれど、どれもシンプルなものばかりが並んでいる。中から服を取り出すのが見えた。
「その服のままだと休みにくいと思うので、よかったらどうぞ」
一瞬、言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
差し出されたグレーのスウェットと、椎名さんを見比べる。
「え?」
「着替えた方が楽だと思います」
あまりにも自然に言われて、逆に動揺する。
「い、いや、で、でも」
と、困惑が面白いほど声に出た。
「脱衣所、使ってください」
絶対に私のあたふたした様子は見ているはずなのに、彼はまったく気にすることなく、廊下の奥を指差した。
「右側です」
さらっと言ってキッチンの方へ歩いていく。
断る隙がない。
私は少しふらつきながら立ち上がった。
「あ。歩けます?」
ひょこっとキッチンから顔を出され、私は反射的に「大丈夫です!」と声を上げてしまった。
言われた通り廊下を進む。
右のドアを開けると、小さな洗面スペースがあった。
白い洗面台。
鏡。
その横に、きれいに並んだ歯ブラシ。
─────ちゃんと、一本だけ。
タオルも、掛かっているのは一枚。
整っているけど、生活感はちゃんとある。
でも、誰かと暮らしている感じは、一切ない。
洗濯機の横に、乾いたタオルが何枚か積まれている。
洗ってはあるけれど、畳むところまではしていないらしい。
“男性の一人暮らしそのもの”だ。
なぜか、そこで胸の奥が少しだけ落ち着く。
「…なに安心してるんだろ」
自分で自分につぶやいて、少しだけ恥ずかしくなる。