恋は手のひらの上で
仕事に対して真摯なはずの彼の冷たい言葉に、思わぬショックを受けた。
そんな風に思っていたの?

「西野さんの体はひとつなんです。西野さんの代わりはいない。分かります?」

こんがらがって、首をかしげる。
この時、青信号になったので椎名さんは視線が前に戻ってしまった。

「仕事をどうにか繋ぐことはできるんです。でも、あなたの代わりはどこにもいないんです。いないと困る人、たくさんいるでしょう」

声の温度が、いつもと違う。
怒らせてしまったかもしれない。

「…怒ってますか?」

「心配してます」

即座に返された言葉がそれで、思わず口をつぐんだ。
ここまで言われないと気づけなかった。
そんな自分がやるせない。


「椎名さん」

「はい」

「…ありがとうございます」

素直にそう言うと、彼の横顔がふわりとほころんだ。

「俺でよければ、いつでも頼ってください」

俺でよければ、なんて。
今の私には震えるくらい、もったいない。

半分意識が薄れる中、ぽろりと本音がこぼれた。

「椎名さんで、よかった…」


もう、最後の言葉はとけていた。


「西野さん」

低い声が聞こえる。

「体調のこと、なにかあったら連絡ください」

返事をしようとしたけれど、うまく声が出ない。

「夜でも」

その言葉が、ぼんやりした意識の中に落ちてくる。
私は小さくうなずいた気がする。

彼の反応も見ずに目を閉じてしまった。



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