恋は手のひらの上で
車がゆっくり動き出す。
エンジンの振動が、ぼんやりと体に伝わってくる。

目を閉じたまま、呼吸を整える。

眠るつもりはなかったのに、体の力がどんどん抜けていく。

意識が沈みかけた、その時。


頬のあたりに、なにかが触れた気がした。

─────指先。


ほんの一瞬だけ、髪に触れる感覚。

びっくりして目を開けそうになる。
でも、動けない。

というより、動いたらいけない気がした。

椎名さんの指が、そっと私の髪を耳にかけた。
そのあと、すぐに離れていく。

指が長くて、少しだけあたたかい手だった。


胸の奥で、どくんと心臓が鳴る。

…起きてる。
でも、言えない。

言ったらきっと、この空気が壊れる。


また髪が頬に落ちてきたけれど、今度は、もう触れられなかった。


私は目を閉じたまま、
そのまま眠ったふりを続けた。




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