恋は手のひらの上で
椎名さんの声が、頭の中で何度も繰り返される。

仕事に誠実なのは分かってはいたけれど、ちゃんと会いたいと思ってくれているのも分かって、それだけで心が満たされる。

なんて単純なんだろう。


ふぅ、と息をついて力を抜くと、

「西野」

と、隣から声がした。

不意打ちで呼ばれて、飛び跳ねるように振り向く。
会話内容を全部聞いていたであろう、高橋。

「今の電話、椎名さん?」

「うん。そう」

動揺は悟られまいと、平常心を心がけて答える。

「シリーズ化の話、出てるって」

それを聞いて高橋が得意げに眉を上げた。

「ほら!やっぱり!」

「まだ決定じゃないよ」

「でも連絡来たってことは、ほぼ決まりだろ」

「どうかな」

高橋は頬杖をついて、私の横顔をじろじろ眺めている。
たぶん、すべて分かられている。

「顔、嬉しそう」

「いや、そんなことない」

きっぱり言ったつもりが、思いのほか声が揺れて思わずパソコンの画面に視線を戻す。


さっきから数字があまり頭に入ってこない。
電話のせいなのは明白だ。


「会えるじゃん」

核心をつくように高橋に言われ、私は少しだけ動きを止めた。

「…仕事でね」

「連絡、待ってるって言ってたの誰だろうな?」

「ちょ、ちょっと!聞かないでよ!」

恥ずかしい気持ちを押さえ込めず、ついに彼の方を向いてしまった。
高橋は見透かしたような顔で、鼻で笑っていた。

「分かりやすいもんだな、案外」

そう言って、高橋は立ち上がると

「お幸せに」

と、どこかへ行ってしまった。


気を取り直して、もう一度パソコンへ向き直る。
─────やっぱり、数字は頭に入ってこなかった。



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