恋は手のひらの上で
••┈┈┈┈••

金曜の夜。
いつものバルは、相変わらず賑やかだった。

照明もいつも通りやわらかくて、テーブルもいつも通り近い。
そのいつも通りに安心する。

グラスの音と笑い声が、店の中にゆるく溶けている。


「それで?」

紗英がカクテルを口に運びながら言った。
ここのところ、彼女の口からは“それで?”ばっかり聞いている気がする。

「最近どうなの?」

「どうって?」

「椎名さん」

その名前が出た瞬間、私は少しだけグラスを持つ手を止めた。

私は今、紗英と麻耶にじっと見つめられている。
…また、取調室のような光景。


会議室での出来事は、あのあと必死にごまかした。
ごまかしたけれど、どこまで気づかれたかは分からない。
いや、たぶんほとんど気づかれている。

でもはっきり口にはしていないので、私も“なかったこと”にしている。

「…忙しいみたい」

付き合っていることは隠していないので、事実だけを二人に伝える。

「みたい?」

麻耶が眉を上げる。

「いや、忙しいのは本当。彼の仕事は私の担当してる案件以外にもあるはずだもん」

私はグラスの中のワインを少しだけ揺らした。

保湿ジェルは発売から一か月。
売上は、驚くくらい順調だった。

社内でもちょっとした話題になっているし、営業の人たちも「動きがいい」と言ってくれている。
それは、本当に嬉しい。

処方を考えて、技術の人たちと相談を重ねて、資料を作って、東央ヘルスケアと何度も打ち合わせして。


あの時間がちゃんと形になった。
…椎名さんと一緒に。


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