恋は手のひらの上で
少しして、椎名さんがマグカップを二つ持って戻ってきた。

「熱いですよ」

「ありがとうございます」

私はソファを見て、少し迷う。
一人用のソファ。


「…椎名さんは?」

そう聞くと、椎名さんは少しだけ笑った。

「ソファは狭いので」

ローテーブルの横、ラグの上に彼が座る。
私の迷いをすぐに汲み取り、トントンと隣のスペースを指す。

「こっちどうぞ」

「…じゃあ」

素直に、彼の隣に腰を下ろした。

ラグの感触が少し柔らかい。
コーヒーの湯気が静かに揺れる。

ふたり並んで座ると、思ったよりも距離が近い。


私はマグカップを持ったまま、少しだけ息をついた。

「…ほんっとーに、久しぶりですね」

あまりにも実感を込めすぎたからか、椎名さんがこちらを見る。

「全然会えなかったですね」

「当たり前ですけど、私と椎名さんとでは忙しさの質が違うと思うんですよね」

「質?」

椎名さんは眉を少し上げて、不思議そうにしている。

「私は目の前のジェルのことでいっぱいいっぱい。でも
たぶん、椎名さんは他にもいくつもかけもちしてますよね?」

私の問いかけに、彼がちょっと考える。

「かけもちっていうか、担当してるものはいくつかありますけど。でも忙しさには波があるので」


< 214 / 228 >

この作品をシェア

pagetop