恋は手のひらの上で
低い声。
同時に、額同士がくっつく。

「もう一回」

「え?」

「今の」

彼は少しだけ笑った。
意地悪な言い方じゃなく、やさしい声。

「もう一回、呼んで」

この日を、私たちは待っていたのかもしれない。

「榛人さん」

今度はまっすぐ言った。


椎名さんの表情が、ほんの少しだけ変わる。
腕を引かれ、身体が少し前に傾く。

「危ないな」

ぼそりとつぶやいた彼の声は、感情を押さえたような、いつもとは違う温度を持っていた。

「え?」

「名前、呼ばれると」


今度は私から彼を引き寄せた。

「何度でも呼ぶから、離さないで」


精一杯の気持ちを伝え、自分からぎこちなくキスをする。
そのうち、だんだん主導権が私ではなく彼に移り、すぐに飲み込まれていく。


でも、不思議と怖くなかった。

むしろ─────
安心していた。


その夜、私はずっと彼の腕の中にいた。



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