恋は手のひらの上で
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リモート会議から数日後のこと。


午前十時を少し回った頃、内線が鳴った。

『西野さん、受付に東央ヘルスケアの椎名様がお見えです』

一瞬だけ、心臓がどきりとする。

「はい、すぐ向かいます」

受話器を置いてから、深く息を吸った。

何度も会っている。打ち合わせもしている。
リモート会議でも数日前に声も聞いている。


いつもは私が椎名さんのいる東央ヘルスケアの本社へ出向いていたのが、今回は彼が“自分の会社に来ている”。
それだけで、妙に落ち着かない。

エレベーターを降り、ロビーへ向かう。
ロビーはあまり広くないので、すぐに椎名さんの姿を見つけた。

ロビーからすぐ見えるエントランスの前に、背の高い男性が立っていた。

ネイビーのジャケットに、すっきりとした白シャツ。
佇まいはいつもと変わらなかったが、ひとつだけ違うところ。
今日は、黒縁フレームのメガネをかけていた。

思わず足が止まりかけた。

─────え、メガネ?

きっちりしすぎていないのに、知的さが一段階上がっている。
前髪が少しだけ額に落ちていて、レンズ越しの視線がいつもより柔らかい。

私には気づかず、なにかのファイルを開いてそれを読んでいる。


声をかけようか、かけないか。
…いや、かけないといけないんだけど。

私の後ろを歩く二人組の若い女性社員が小声で話すのが聞こえた。

「あの人、誰?」
「うちの会社の人じゃないよね?」

なんか、かっこよくない?
と聞こえてしまい、私の視線がさまよう。


この時、初めて意識した。
なんで、あの時、私は。


初顔合わせを終えた日の夜、紗英と麻耶との会話を思い出した。

『うーん…顔は普通、かな』

『普通ってなに?』

『目立つタイプじゃないというか』


─────私のバカ。全然、そうじゃない。

なんで、あの時そう思ったんだろう。

社内の視線がじわりと集まっているのも分かる。
ちゃんと、目立ってる。
きっとみんな、思っている。


どこが、“普通”なんだ。



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