恋は手のひらの上で
高橋が資料を閉じながら、ちらりとこちらを見る。
その目に、一瞬だけ迷いの色が浮かんでいた。

仕事の緊張とは別の、何か。

たぶん、高橋には気づかれている。
それでも、目は逸らさない。


三千円は、最初は椎名さんの提案だった。
提示しただけの数字を、私の意思で確定させた。

でも今は、もうこれは私の数字だ。


「価格は動かしません」

もう一度そう言い切ったあと、数秒の沈黙が落ちた。

朝倉課長が少し嬉しそうに私に視線を向ける。

「西野さんの覚悟は伝わったよ」

高橋が資料を整えながら言う。

「技術面の持続性は問題ありません。三千円であれば、改良も段階的に入れられます」

椎名さんは、しばらく私を見ていた。
ただただまっすぐに。
その意図を感じ取り、目を逸らすことなく見つめ返す。

彼は資料を閉じずに言った。

「西野さん。ひとつ、個人的な質問をしてもいいですか」


突然のことに、空気が変わる。
朝倉課長も、高橋も、戸惑いの視線を上げた。

その視線は分かった上で、椎名さんがふと笑う。

「もしこの商品がヒットしたら、次は何をやりたいですか」


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