恋は手のひらの上で
たぶん、高橋は今日の会議で全部、悟ったんだと思う。
私自身も言語化していない、この感情のひとかけらに。

「三千円、いい価格だな」

「でしょ?」

「うん。でもさ」

少しだけ笑う。ほんの少し悔しそうな色も混ぜながら。

「西野があんな顔するなら、安いかもな」

なんと返事をしたらいいか迷っているうちに、話が終わったのか椎名さんが朝倉課長と会議室から出てきた。


三千円は数字じゃない。約束だ。
─────まだ名前のない、この関係の。


高橋の気配はまだ隣にあったけれど、私は勇気を振り絞って出てきたばかりの椎名さんのところへ移動した。

「椎名さん、駐車場までお送りします」

自然に言ったつもりだった。

高橋がこちらを見ていることは百も承知だ。
なにも言わない。
さっきまで隣にあった体温は、もうそこにはない。

代わりにあるのは、目の前にいる椎名さんだ。


「ありがとうございます。お願いします」

彼はふわりと微笑んで、課長や高橋に丁寧に挨拶をすると私とともに歩き出した。



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