恋は手のひらの上で
エアシャワーを抜けた瞬間、世界の色が少し淡くなる。

真っ白な世界。
ステンレス。
規則正しい機械音。

ここでは感情より手順が優先される。

その静けさが、私は好きだった。


「本日分、原料計量完了しています」

品質保証の男性主任が高橋に報告していた。

低分子ヒアルロン酸。
グリセリン。
植物エキス。

ホワイトボードに並ぶロット番号。


高橋が私にだけ聞こえるように、小声で言う。

「ここまでは完璧。昨日のテストも安定してたらしい」

自信のある声だった。私もうなずいて見せた。


そのすぐ横で、椎名さんが先ほどの品質保証の主任と名刺交換して挨拶していた。

彼は手に持っていた資料を見せて、どこかを指さし、何かを確認している。
彼もこういった場所は、ちゃんと慣れている仕草だった。無駄な動きがない。


高橋もそこへ入り、会話を交わす。

「攪拌時間は予定どおり二十五分ですね」

「はい。粘度目標は五千三百です」

淡々と進んでいく、確認作業。


真空乳化釜のガラス越しに、光を巻き込みながら透明なジェルがゆっくり回る。


私はガラスに映る自分を見る。
今日、私は主軸。
ちゃんとやらなくちゃ。
高橋も言っていたように、私が“決める日”。

逃げないで、決めるんだ。



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