恋は手のひらの上で
私が黙っているからか、先にしゃべり出したのは高橋だった。

「低分子の割合を上げた分、多少は上振れするよ」

彼が言っている理屈は分かる。
分かるけど。

前回ロットのテスターを見て、手に取って、これにしようと決めたのだ。

前回のと、今回のもの。二つを並べる。
同じ光。同じ透明。
でも、伸ばした瞬間の“消え方”が違う。


私は心苦しさも感じながら、主任へ尋ねる。

「温度は、いま何度ですか?」

「西野。気持ちは分かるけど納期とか色々ズレるぞ」

引き止めるように、高橋が私の腕を引く。
その手の温度が、ほんの一瞬だけ迷いを呼ぶ。

でも私は、小さく息をついて、そのちょうどいい温度の手をそっと外した。

「最初は分からないかもしれない。でも」

私は私の仕事をしなければいけない。
焦りと不安は、高橋だけではなく私にだってある。みんな同じだ。

「リピーターは絶対気づく。この一秒の差に」


このやり取りを、椎名さんは口を挟むことなく見ていた。

視界に映る彼の茶色の瞳が、この状況をどう乗り越えるのか見ているようにも感じる。
私たちのこのやり取りを、どう思ったかは分からないけれど、中途半端な仕事はしたくなかった。


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