恋は手のひらの上で
••┈┈┈┈••

早い時間に来たはずなのに、もう日は沈み始めていた。
橙色の日差しが、澄んだ空を照らす。


あれから、再測定しても粘度の数値が違う。

「五千六百五十…」

何度も高橋がここに来ては繰り返す、“そうじゃない”数値。
彼自身も分かっている。これでは昼間と変わらないことを。

基準内である。
でも昨日と違う。

高橋がタブレットを睨むように視線を落とす。

「温度は戻した。なのに落ちきらない」

悔しさが滲む声だった。

「原料ロットの差かもしれない。今日中に、できれば原因を絞りたい」

高橋がふと私を見る。
そして、私の後ろにある窓の外を一瞬見た。

─────時間がない。

彼が私を見たのは、判断を仰ぐ目でもあった。
そしておそらく、一番の気がかりは、帰りの時間。

「西野、明日って会議は何時からだっけ」

「最終承認会議は、明日の朝で…」

私がわたわたとスケジュールを確認しようとしたら、先に椎名さんが答えた。

「明日の朝、九時にうちの会社です」

「九時か…」

高橋の迷う視線は、明白だった。
それを受けて、椎名さんがスマホを取り出した。

「事情を話して、会議を午後にずらせないか調整しましょうか」

「でも…」

私は迷う。

最終承認会議は、うちの会社だけじゃなく、椎名さんはじめ東央ヘルスケアの上層部も来るはず。
今までの人数の比じゃない大きな会議だ。

それをずらしてもらうというのは、あまりにも申し訳ない。

「大丈夫です」

私も高橋も、迷いに迷っているその判断を、椎名さんはたった一言で片付けた。

「大丈夫。おふたりが、ちゃんと真剣に向き合って作ってくださってるのは、今日一日で全部分かりました。その誠意さえあれば、明日は大丈夫。なんの心配もないです」

彼はスマホを操作したあと、耳にあてる。

「こちらはどうとでもなります。朝比奈さん側で来ていただく予定の皆さんに、会議が午後になる旨、西野さんたちから伝えてもらえますか」

「あっ…はい」

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