恋は手のひらの上で
••┈┈┈┈••

初めて乗る車の助手席。
エンジンがかかり、ゆっくり走り出す。

さっきまでの工場の匂いが、少しだけ残っている。

社用車なのだろう、後部座席には書類があった。
それでも整頓されている印象があるのは、運転席に座る人が違うからかもしれない。


ナビはついているものの、BGMはラジオ。
陽気なパーソナリティーの声が小さく聞こえる。


すっかり日が暮れた道路は、立ち並ぶ明かりのついた地元のお店でまだ活気は感じられる。
車通りも帰宅ラッシュに飲み込まれ、そこそこ賑やかだ。

漠然とした不安が、まだ胸に残っている。


「…明日、大丈夫でしょうか」

私は窓の外を眺めたまま、つぶやいていた。
こんな風に言ってしまったのは、彼の安心する声を聞きたいからでもあった。

「大丈夫です」

椎名さんの、静かな声。“大丈夫”という言葉。
そうだ。これを聞きたかったんだ、私は。

言ってくれると思って、引き出すようにつぶやいた自分が策士にも感じた。


少しの間を空けて、椎名さんがぽつりとこぼす。

「彼は想定外だったはずなので、とても悔しいでしょうけど」

心臓が跳ねる。
ぎこちなく、隣を見た。

「…どうして分かるんですか」

「まあ、俺も大人なので。一応、分かります」

茶色の瞳が一瞬だけこちらを見る。
目が合ったと思ったのに、運転しているから、すぐにその目は前を向いた。

「彼は、あなたの隣に立ちたい人なんだろうな、と」

まっすぐすぎる。
私は言葉を失ってしまった。

「責任感、信頼、安心、それ以上の、諸々」

椎名さんはそう言って、あとは何も言わなかった。
諸々、という曖昧なものにしてくれたのは、すべてを悟ったしるし。


沈黙が続く。

車は高速道路に乗り、車のライトが時折私たちを照らす。
リズムよく白線が流れていく。


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