恋は手のひらの上で
─────え?
思わずくるりと運転席を見つめる。

「覚えてるんですか?」

「仕事のやり取りは、基本的に覚えています」

この人は、精密機器かなにかなのか?

「それだけですか?」
つい、意地悪を言ってしまった。


椎名さんの茶色の瞳が、信号待ちでこちらを向いた。
ドキッとするような視線の送り方に、なんとなく目が離せなくなる。

「それ以外に、何を覚えていると思いますか」

静かな問いかけ。
挑発でも冗談でもなく、私をちょっと試してるみたいだった。

私は慌てて視線を逸らす。

「…さあ」

胸の奥が、少しだけくすぐったい。

車は再び動き出す。椎名さんの目も、もう私のことは見ていなかった。

「寝てますよ、けっこう、しっかり。眠いと頭が回らないので」
と、続ける。

「ただ、返信は早い方がいいと思っているだけです」

「…どうしてですか?」

「待たせるのは、好きじゃないので」

さらっと言う。
仕事の話なのか、そうじゃないのか、分からないまま、私は小さく笑った。


< 90 / 228 >

この作品をシェア

pagetop