恋は手のひらの上で
••┈┈┈┈••

会議室の扉が静かに閉まる。
途端に、肺に空気が戻ってきた。


廊下は広くて、やけに静かで、さっきまでの緊張が嘘みたいだ。

けれど足音だけがやけに響く。
この仕事がある日にしか履かないヒールが、コツ、と鳴る。

─────承認。

その二文字が、やっと現実味を帯びてきた。


両社の役員たちは三々五々にエレベーターへ向かい、うちの朝比奈のメンバーも「お疲れ様です」と小さく会釈を交わしながら散っていく。

私は一歩遅れて、資料を抱え直した。

指先がまだ少し冷たい。
でも、承認された。
そう思うと確かな安堵はあった。


「西野さん」

背後から呼ばれて、振り返る。

椎名さんが、穏やかな顔でいつもの距離感で立っていた。

会議中のあの鋭さは、もうない。
緩やかな髪を少し指で払うと、ほっとしたような声で笑った。

「改めて、お疲れ様でした」

その声は落ち着いているのに、ほんの少しだけ温度がある。

「…こちらこそ、本当にありがとうございました」

私は急いで頭を下げる。
けれど、顔を上げた瞬間、視線がぶつかった。

今度は、会議中みたいな確認じゃない。
もう少し柔らかい、なにか。

沈黙が数秒落ちる。


廊下の奥でエレベーターの到着音が鳴る。
誰かの笑い声が遠ざかっていく。

ここだけ時間が止まっているみたいだ。

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