Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する
ただ、隣にいる。

それだけで、世界は静かだった。

希を強く抱きしめながら、旬は自分でも驚くほど理性を失いかけていた。

嫉妬なんて、もっとスマートに飲み込める男だと思っていたのに。

希が誰かと笑っているだけで胸がざわつく。
自分の知らない過去があるだけで、落ち着かなくなる。

「……俺だけだろ」

低く呟きながら、腕に力がこもる。
希の身体は華奢で、抱きしめれば簡単に閉じ込められてしまう。

なのに。

希は、乱れない。

困ったように、でも受け入れるように、静かに旬を見つめている。
頬は赤いのに、どこか理性的で。
息は少し上がっているのに、必死に取り乱さない。

それが、旬を余計に焦らせる。

どうして俺だけなんだ。

こんなに欲しくて、こんなに余裕がなくて、
こんなに希でいっぱいなのは――

自分だけみたいじゃないか。

「俺のこと、本当に好き?」

情けないと分かっていながら、口をついて出る。

希は驚いた顔をして、少し考えて、ゆっくり頷く。
その頷きは嘘じゃない。
でも、炎のようではない。

旬の中では嵐が吹いているのに、
希は春の湖みたいに静かだ。

自分ばかり溺れている気がする。

強く抱き寄せた瞬間、希の小さな手が、ぎこちなく旬の背中に回る。
ぎゅっと、遅れて力が入る。

不器用で、タイミングも少し遅い。

でも――

その手は震えていた。

怖いわけじゃない。
どうしたらいいのか分からないだけ。

旬はそこで、はっとする。

希は経験が浅い。
感情を爆発させるより、受け止めるタイプだ。
乱れないんじゃない。
乱れ方を知らないだけだ。

自分の焦りを、彼女の温度のせいにしていたのかもしれない。

「……ごめん」

今度は優しく抱き直す。

希は、今度は少しだけ息を乱して、
初めて、旬の名前を小さく呼ぶ。

その一言で、胸の奥の嫉妬は溶けていく。

俺ばっかりじゃない。

ただ、歩幅が違うだけだ。

それでも、ちゃんと同じ方向を見ている。

旬は、希の額にそっと口づける。

焦らなくていい。
俺が教えていく。
俺が待てばいい。

でも本当は――

それでもやっぱり、
俺のことだけで、ぐちゃぐちゃになってほしいって思ってる。

そんな自分を自覚して、
旬は小さく笑った。
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