Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する
歩がパリへ戻り数日が経った頃
夜。
バーの奥の静かな席。
旬と圭祐。
旬がグラスを指で回しながら、ぽつり。
「三浦歩、知ってる?」
圭祐、すぐ反応する。
「あー、あの昔希と付き合ってた?」
軽く笑う。
「なんか今、ayumu miura とかになってるよな」
その軽さに、旬は少し救われる。
「急に現れてさ」
苦笑。
「正直、軽くパニックだった」
圭祐、横目で見る。
「軽く、ね」
旬、ため息。
「世界的なアーティストとか聞いてない」
圭祐は肩をすくめる。
「俺も当時は“ロンドンの彼氏”くらいしか知らなかった」
「希さ、ロンドン行くって本気で準備してたんだよ」
旬の視線が上がる。
「ある時急にやめたって言って」
圭祐はグラスを口に運ぶ。
「多分、別れたんだろうなとは思ってたけど」
小さく笑う。
「それっきり、1回も恋人作らない」
旬の手が止まる。
「あんなに可愛いのに」
完全に兄の顔。
「モテるのに」
溺愛が隠せてない。
「家族みんな心配だったよ。でも聞けないだろ?」
旬は黙って聞いている。
圭祐は続ける。
「もしかしたらロンドンのやつ待ってんのかもな、って思ったこともある」
その言葉が、旬の胸を少し刺す。
でも。
圭祐がふっと笑う。
「でも希が言ったんだよ」
真似するように。
『まだ出会ってないだけだから心配しないで』
旬の呼吸が止まる。
圭祐は旬を見る。
まっすぐ。
「そんで連れてきたのが、お前だろ?」
沈黙。
「心配すんな」
軽い口調じゃない。
兄としての、本音。
「希が自分で出会って、自分で選んだんだ」
ゆっくり、はっきり。
「お前を」
旬の喉が動く。
「……圭祐」
圭祐はニヤッと笑う。
「何」
グラスを置く。
「妹の目は信用してる」
少し間を置いて。
「それに」
意地悪く笑う。
「お前、希のこと本気だろ」
「当たり前でしょ」
圭祐はそれを見て満足そうにうなずく。
「だったらいい」
立ち上がりながら。
「あいつが笑ってるなら、それが正解」
歩が現れても、
過去が戻ってきても、
最終的に希が選んだのは旬。
その事実が、静かに沁みる。
旬は小さく息を吐く。
「……俺、ちゃんと幸せにする」
圭祐、振り向かずに言う。
「する、じゃない」
少し笑う。
「一緒に幸せになれ」
圭祐は立ち上がりかけて、ふと止まる。
「あ、そうだ」
旬が顔を上げる。
「何」
さっきまでの穏やかな兄の顔じゃない。
少しだけ、意地悪。
「歩さ」
旬の肩がわずかに強張る。
「パリ戻る前、俺に会いに来た」
空気が変わる。
「……は?」
「会社の前で待ち伏せてた」
圭祐はポケットに手を入れたまま続ける。
「“圭祐さんですよね?”って」
旬の視線が鋭くなる。
「何話した」
圭祐、にやっと笑う。
「落ちついて聞けよ」
でも楽しんでる。
「希のこと、本気だったって」
一瞬、静寂。
「今でも?」
旬の声が低い。
圭祐はわざと間を置く。
「“俺はまだ好きだから、待ちます”って言ってた」
ドン、と心臓に落ちる。
旬の手が無意識に握られる。
「……なんでそれ今言う」
「今が一番効くかなと思って」
悪い顔。
「でもな」
圭祐の声が少し変わる。
「俺、言ったよ」
旬が睨むように見る。
「何を」
圭祐は静かに言う。
「“もう遅いですよ”って」
空気が止まる。
「希はもう出会ってるから、って」
旬の呼吸が浅くなる。
圭祐は続ける。
「歩、笑ってたよ」
「……笑って?」
「負けたか、って」
軽く肩をすくめる。
「でも諦めた顔じゃなかった」
「だから気ぃ抜くなよ」
圭祐は真顔になる。
「世界的だろうがなんだろうが、あいつは本気だ」
旬の胸の奥がじわっと熱くなる。
焦りじゃない。
覚悟。
圭祐は最後に言う。
「でもな」
少し優しく。
「自分で選ぶ女だ」
旬を見る。
まっすぐ。
「選んだら、そっちに行く」
静かに。
「今はお前だ」
沈黙。
圭祐はドアの方へ歩きながら、振り返らずに言う。
「奪われると思うなら、不安になるな」
一瞬、止まる。
「もっと好きにさせろ」
ドアが閉まる。
残された旬。
しばらく動けない。
でも目はもう揺れてない。
「……上等」
小さく呟く。
守る、じゃない。
選ばれ続ける。
その覚悟が、静かに芽を出す。
夜。
バーの奥の静かな席。
旬と圭祐。
旬がグラスを指で回しながら、ぽつり。
「三浦歩、知ってる?」
圭祐、すぐ反応する。
「あー、あの昔希と付き合ってた?」
軽く笑う。
「なんか今、ayumu miura とかになってるよな」
その軽さに、旬は少し救われる。
「急に現れてさ」
苦笑。
「正直、軽くパニックだった」
圭祐、横目で見る。
「軽く、ね」
旬、ため息。
「世界的なアーティストとか聞いてない」
圭祐は肩をすくめる。
「俺も当時は“ロンドンの彼氏”くらいしか知らなかった」
「希さ、ロンドン行くって本気で準備してたんだよ」
旬の視線が上がる。
「ある時急にやめたって言って」
圭祐はグラスを口に運ぶ。
「多分、別れたんだろうなとは思ってたけど」
小さく笑う。
「それっきり、1回も恋人作らない」
旬の手が止まる。
「あんなに可愛いのに」
完全に兄の顔。
「モテるのに」
溺愛が隠せてない。
「家族みんな心配だったよ。でも聞けないだろ?」
旬は黙って聞いている。
圭祐は続ける。
「もしかしたらロンドンのやつ待ってんのかもな、って思ったこともある」
その言葉が、旬の胸を少し刺す。
でも。
圭祐がふっと笑う。
「でも希が言ったんだよ」
真似するように。
『まだ出会ってないだけだから心配しないで』
旬の呼吸が止まる。
圭祐は旬を見る。
まっすぐ。
「そんで連れてきたのが、お前だろ?」
沈黙。
「心配すんな」
軽い口調じゃない。
兄としての、本音。
「希が自分で出会って、自分で選んだんだ」
ゆっくり、はっきり。
「お前を」
旬の喉が動く。
「……圭祐」
圭祐はニヤッと笑う。
「何」
グラスを置く。
「妹の目は信用してる」
少し間を置いて。
「それに」
意地悪く笑う。
「お前、希のこと本気だろ」
「当たり前でしょ」
圭祐はそれを見て満足そうにうなずく。
「だったらいい」
立ち上がりながら。
「あいつが笑ってるなら、それが正解」
歩が現れても、
過去が戻ってきても、
最終的に希が選んだのは旬。
その事実が、静かに沁みる。
旬は小さく息を吐く。
「……俺、ちゃんと幸せにする」
圭祐、振り向かずに言う。
「する、じゃない」
少し笑う。
「一緒に幸せになれ」
圭祐は立ち上がりかけて、ふと止まる。
「あ、そうだ」
旬が顔を上げる。
「何」
さっきまでの穏やかな兄の顔じゃない。
少しだけ、意地悪。
「歩さ」
旬の肩がわずかに強張る。
「パリ戻る前、俺に会いに来た」
空気が変わる。
「……は?」
「会社の前で待ち伏せてた」
圭祐はポケットに手を入れたまま続ける。
「“圭祐さんですよね?”って」
旬の視線が鋭くなる。
「何話した」
圭祐、にやっと笑う。
「落ちついて聞けよ」
でも楽しんでる。
「希のこと、本気だったって」
一瞬、静寂。
「今でも?」
旬の声が低い。
圭祐はわざと間を置く。
「“俺はまだ好きだから、待ちます”って言ってた」
ドン、と心臓に落ちる。
旬の手が無意識に握られる。
「……なんでそれ今言う」
「今が一番効くかなと思って」
悪い顔。
「でもな」
圭祐の声が少し変わる。
「俺、言ったよ」
旬が睨むように見る。
「何を」
圭祐は静かに言う。
「“もう遅いですよ”って」
空気が止まる。
「希はもう出会ってるから、って」
旬の呼吸が浅くなる。
圭祐は続ける。
「歩、笑ってたよ」
「……笑って?」
「負けたか、って」
軽く肩をすくめる。
「でも諦めた顔じゃなかった」
「だから気ぃ抜くなよ」
圭祐は真顔になる。
「世界的だろうがなんだろうが、あいつは本気だ」
旬の胸の奥がじわっと熱くなる。
焦りじゃない。
覚悟。
圭祐は最後に言う。
「でもな」
少し優しく。
「自分で選ぶ女だ」
旬を見る。
まっすぐ。
「選んだら、そっちに行く」
静かに。
「今はお前だ」
沈黙。
圭祐はドアの方へ歩きながら、振り返らずに言う。
「奪われると思うなら、不安になるな」
一瞬、止まる。
「もっと好きにさせろ」
ドアが閉まる。
残された旬。
しばらく動けない。
でも目はもう揺れてない。
「……上等」
小さく呟く。
守る、じゃない。
選ばれ続ける。
その覚悟が、静かに芽を出す。