Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する
家でも

希は普通に振る舞う。

旬も普通。

でも会話が浅い。

「今日どうだった?」

「順調だよ」

それだけ。

沈黙。

希は感じる。

(何かある)

でも聞く余裕がない。

自分もどこか拗ねているから。

旬も感じる。

(距離がある)

でも自分から踏み込めない。

“嫉妬”なんて言えない。

社長なのに。

夫なのに。

でも心は、単純。

“自分じゃない誰かと共有される時間”が、

少し寂しい。

「先寝る」

「うん」

それだけ。

希はリビングに残る。

ソファに座り、資料を広げる。

ページをめくる。

でも、文字が頭に入らない。

ふぅ……と小さなため息。

(なんでこんなにうまくいかないんだろ)

歩とは仕事。

旬は夫。

なのに、

今一番遠いのが旬。

考えないように資料を見る。

気づけば、

そのままソファで眠ってしまう。


旬は喉が渇いて目が覚めると、

隣に希がいない。

リビングの灯りがついている。

(まだ仕事してる?)

足音を立てずに近づく。

ソファで丸まって寝ている希。

資料が胸の上。

顔は少し疲れてる。

旬の胸が、きゅっとする。

ブランケットをかけようと手を伸ばすと

その瞬間、希が寝言のように小さく息をついて体を固く丸めた。

そして、無意識の距離。

自分の方に寄らない。

その些細なことが刺さる。

(なんで?)

(そんなに俺のこと嫌になった?)

胸の奥がざわつく。

最近、触れようとすると

ほんの少し硬くなる希。

笑うけど、どこか遠い。

歩とは自然に笑ってた。

仕事だと分かってる。

でも、

自分には見せない顔がある気がしてしまう。

情けない。

でも止まらない。

旬は小さく呟く。

「俺、そんなに頼りないか?」

答えはない。

眠っている希は、何も知らない。

旬は少しだけ離れた位置に座る。

触れたい。

でも今は、触れる勇気がない。

自分から距離を作っていることに、

気づかないまま。



希がソファで目を覚ます。

「あれ…」

ブランケット。

旬はキッチン。

目が合う。

一瞬の沈黙。

「ソファで寝るな」

いつもより少し冷たい声。

希が戸惑う。

「ごめん」

また謝る。

また距離ができる。

ほんの少しのすれ違い。

でも積み重なると、大きい。
< 176 / 183 >

この作品をシェア

pagetop