Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する
Nocturne
マスターは、磨き上げたグラスを柔らかな布で拭きながら、
カウンター越しに二人を見ている。
この店は、静かな人間関係で成り立っている。
深く踏み込まない。
必要以上に詮索しない。
希は、その象徴みたいな客だった。
月に二、三度。
決まった席。
赤ワイン。ブルゴーニュ。
そして装丁の美しいハードカバー。
隣の客に話しかけられても
少しでも空気が変わると、
すっと本を閉じる。
「今日はここまで」
そう言って、静かに帰る。
それを、何度も見てきた。
美人だ。
声をかける男は多い。
けれど彼女は、誰も入れない。
ここは希にとって“避難所”だから。
仕事でもない。
評価もない。
ただ、自分でいられる場所。
(ああ、もうすぐ本を閉じるな)
マスターは心の中でそう予測する。
ところが。
閉じない。
ページは膝に置いたまま。
指先は栞を挟むでもなく、
自然に開いたまま。
視線は、隣へ。
会話が、途切れない。
しかも無理がない。
探り合いでも、
駆け引きでもない。
希が、笑っている。
営業の笑いではない。
仕事用の角度の整った微笑みでもない。
素の、少し低い笑い声。
喉の奥から、柔らかくこぼれる音。
マスターは驚く。
(珍しいな)
言葉を選びすぎず、
軽すぎず。
静かに呼吸を合わせている。
二人のグラスの赤が、
同じリズムで減っていく。
知らないふりの距離。
けれど、もう他人ではない空気。
カウンター越しに二人を見ている。
この店は、静かな人間関係で成り立っている。
深く踏み込まない。
必要以上に詮索しない。
希は、その象徴みたいな客だった。
月に二、三度。
決まった席。
赤ワイン。ブルゴーニュ。
そして装丁の美しいハードカバー。
隣の客に話しかけられても
少しでも空気が変わると、
すっと本を閉じる。
「今日はここまで」
そう言って、静かに帰る。
それを、何度も見てきた。
美人だ。
声をかける男は多い。
けれど彼女は、誰も入れない。
ここは希にとって“避難所”だから。
仕事でもない。
評価もない。
ただ、自分でいられる場所。
(ああ、もうすぐ本を閉じるな)
マスターは心の中でそう予測する。
ところが。
閉じない。
ページは膝に置いたまま。
指先は栞を挟むでもなく、
自然に開いたまま。
視線は、隣へ。
会話が、途切れない。
しかも無理がない。
探り合いでも、
駆け引きでもない。
希が、笑っている。
営業の笑いではない。
仕事用の角度の整った微笑みでもない。
素の、少し低い笑い声。
喉の奥から、柔らかくこぼれる音。
マスターは驚く。
(珍しいな)
言葉を選びすぎず、
軽すぎず。
静かに呼吸を合わせている。
二人のグラスの赤が、
同じリズムで減っていく。
知らないふりの距離。
けれど、もう他人ではない空気。