その陰陽師、女性につき
「誰かそいつを捕まえろー!」
そんな店主の叫び声と共に大柄な男性が私達の横を走り抜けた。
「追いかけるぞ!」
久我くんがそういうか早いが、すぐに追いかけ始めた。
私達は慌てて後を追うが、角を曲がって行き止りの場所まで追い込むが、すでに犯人は消えていた。
「消えた....!?」
「っちきしょう、本当に消えちまった.....!」
店主の男性は手拭いで汗を吹きながら、ぶっきらぼうに言った。
「本当に....?」
「ここんとこ噂になってんだよ、消えちまう食い逃げ犯がいるって。しかも一人や二人だけじゃないらしいし、まさかうちも被害に遭うとは思わなかったが」
やれやれと言った様子で、店主はため息をついた。
「君らも見ただろう?ちょっと逃げたら煙みたいに消えちまう。ま、次見かけたらとっ捕まえるよ」
そう言い残し、店主は自分の店に戻って行った。
私たちはしばらくその場に立ち尽くしていた。角を曲がった路地の先には、ただ静かな壁が続くだけで、犯人の姿はどこにもない。
「聞けば犯人は常習犯みたいだし、捕まえたら金一封貰えるかな?」
「道満って、金にがめついよな.....」
「失礼な!欲に忠実と言ってくれ!!」
そんな話を久我くんとしている間、晴明くんはどこか遠くを見ていた。
晴明くんの視線は、私たちの足元でも店先でもなく、遠くの路地の奥――まるで何かをじっと見据えるように、静かに一点を捉えていた。
「……晴明、何見てんだ?」
久我くんが肩越しに訊ねる。
晴明くんはゆっくりとこちらを振り向き、静かに答えた。
「いや.....何でもないよ」
久我くんは少し首を傾げ、気を取り直すように手を打った。
「よし、飯食いに行こう!」
「軽食くらいなら良いよ」
私達は再び市の通りへ戻った。
人々の笑い声や談笑、値引きを乞う声があちこちから聞こえてくる。
さっきまで食い逃げ犯を追っかけていたとは思えないくらい平和な光景だった。
焼いた川魚と粥、それに漬物。
素朴な料理だが、香ばしい匂いが漂ってくる。
「ここにする?」
私が聞くと、晴明くんは周囲を一度見回して頷いた。
「うん。いい場所だろうね」
「よし!」
久我くんはすぐに端の机へ向かい、腰を下ろす。
私達も後に続く。
やがて、注文した料理が運ばれてきた。
焼きたての川魚。
湯気の立つ粥。
久我くんはさっそく魚にかぶりつく。
「うまっ!」
骨を器用によけながら、どんどん食べていく。
私は粥を口に運びつつ、周りの客を観察する。
商人らしい男、荷を背負った旅人、酒を飲む老人。
……どれも普通の客だ。
そう思いかけた、そのとき。
晴明くんが、ふと視線を止めた。
「……」
「どうしたの?」
私が尋ねると、彼は店の奥を顎で示した。
そこには、一人の男が座っていた。
机の上には皿がいくつも積み上がっている。
空になった酒器、魚の骨の山。
店の者がまた新しい皿を置いていくが、男は顔も上げずに食べ続ける。
まるで何日も食べていないかのように。
久我くんもそれに気づき、目を見開いた。
「……あいつ、何人前食ってるんだ?」
男はまだ食べ続けている。
酒を飲み、魚を食べ、粥をかき込む。
その様子を、周りの客もちらちらと見ていた。
食い逃げ犯かと一瞬疑ったが、姿が違うので多分違う人だ。
女給さんが少し遠慮がちに、でも真剣な顔で男に声をかける。
男は顔も上げずに酒器を傾けながら、にやりと笑う。
「なぁに、これくらい飲んだうちに入らんよ」
違う。女給さんはそういう意味で聞いたんじゃないと思う。
その間も、男は黙々と皿を空け、魚をかき込み、粥を飲み干す。
まるで何日も食べていなかったかのような勢いだ。
男は上機嫌で食べ始めようとするが、いつの間にか隣に座っていた晴明くんが話しかけに行った。
「何やってんだ、あいつ?」
「さ、さぁ....」
久我くんは晴明くんを不思議そうに見ながら、特に気にせずご飯を食べ始めた。
二人の会話に耳を傾けていると、内容が耳に入って来た。
「君、蟒蛇(うわばみ)でしょ?」
それを聞いて途端に咳き込む男。
「う、ウワバミって大酒飲みのことかい?それならその通りだ」
晴明くんは静かに男を見つめ、微動だにせず声をかける。
「人間に化けているつもりでも、分かるよ」
「な、何言ってんのか分かんねぇな....」
晴明くんを無視して茶碗を手にする男。
「こんな見た目だけど、僕は狐だよ。気になって声を掛けたんだ」
(.....ん?)
すると、警戒心マシマシだった男は急に笑顔になった。
「なぁんだ!お仲間かい」
「最近妖になったばかりみたいだね」
「人を喰らって力に目覚めたんだ。手始めに都の食い物を全部平らげてやろうと」
「ふぅん.....」
ポンッと、晴明くんが男の肩を軽く叩くと、男はシュウと煙のような音を立てながら消えていった。
追加の料理を持ってきた女給さんは、目をまん丸にして私たちを見上げた。
「あら、そちらにいたお客様は……」
晴明くんはにっこりと微笑み、静かに懐からお金を取り出す。
「あぁ、急に用事を思い出したみたいでね。お代は僕が持つよ」
その自然な振る舞いに、女給さんも少しだけ安心したように頷いた。
晴明くんは勘定を済ませた後、私達の方に戻ってきた。
「晴明くん、さっきの狐って......」
「あぁ、嘘だよ」
「嘘なの!?」
私は思わず声を上げる。
「仲間のフリした方が警戒心は解きやすいし、陰陽師だとバレないからね」
晴明くんの声は柔らかく、でもどこか含みがあった。
久我くんはまだ目を丸くしたまま、箸を置く。
「俺、一生晴明に勝てる気しないわ......」
「私も.....」

陰陽寮に戻ると、なにやら晴明くんは竹で編んだ籠に御札を貼っていた。
「何してるの?」
「今日捕まえた蟒蛇だよ。籠に御札を貼って出られなくしているんだ」
籠の周囲に慎重に御札を貼りながら、淡々と説明してくれた。
曰く、ただ退治するだけじゃつまらないだろう?とのことで。
晴明くんは籠の周囲に最後の御札を貼り終えると、満足そうに肩をすくめる。
「こうしておけば、迷惑をかけずに済む。暴れる心配もないしね」
「はぁ.....」
蟒蛇は籠の中で身をよじり、むずむずと動こうとするたびに、御札の力でバチンと痺れる。
小さく「シュウ」と音を立てては、またじっと身を丸める。
「さすが、晴明」
久我くんが覗き込みながら呟いた。
「で、これどうするんだ?」
「退治しない代わりに陰陽寮で飼うことにしたよ」
「「飼う!?」」
衝撃の発言に、私と久我くんは驚きつつ、晴明くんの方を見た。
本人はニコニコしている。
「暴れさせずに管理できるなら、飼ってみるのも面白いだろう?いやー、一度妖を飼ってみたかったんだよねぇ」
「許可はちゃんと取ってるのか.....?」
「勿論。先生からも『まぁ...良いんじゃないか.....?』と許しを貰ったし」
「それ、呆れてるだけだろ」
晴明くんは籠を棚の上に置きながら、くすくすと笑った。
「管理できる自信はあるから大丈夫だよ」
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