その陰陽師、女性につき
追いつきたい
その日から、食い逃げの被害はめっきり減ったので、犯人は晴明くんの言った通り蟒蛇だったのだろう。
「せーめー、遊んでー」
陰陽生の中では最年少のススキが本を抱えて走ってくる。
ススキはまだ十歳にも満たないので、色んなことに興味津々なのだろう。
「ねーねー、遊んで!遊んで!」
「ススキ、まずは落ち着こうか」
晴明くんが静かに声をかけるが、ススキはそんなことはお構いなしに、本を広げて私達に見せてくる。
古びた本だ。長い間誰にも読まれなかったのか、古い本独特の匂いがする。
一体、どこから持ってきたのだろうか?
「ねぇ、せーめー。遊んでよー!」
晴明くんの裾に縋り付くススキ。
「どーまんでも良いからさぁ!」
晴明くんはススキを軽く抱き上げ、膝に座らせるようにすると、にっこり微笑んだ。
「何して遊びたいんだい?」
ススキは目を輝かせ、すぐに答えた。
「せーめーとどーまんってどっちが強いの?」
「「ん?」」
晴明くんと顔を見合わす。
ススキは真剣な顔で本をぱたぱたさせる。
「だってさ、この本に書いてあるんだよ!」
そう言って開いた頁を私達に見せた。
そこには、陰陽師同士が術で競うような絵が描かれている。
「強い陰陽師は、妖も神様も従えるって!」
「へぇ……」
晴明くんは面白そうに本を覗き込んだ。
ススキはさらに身を乗り出す。
(いや、でも待てよ.....。晴明くんは占いや祈祷が得意だけど式神とかは......あ、そんなことなかったわ)
思わず心の中で苦笑した。
私が使えるのは式神と言っても紙人形だ。しかも使い慣れたかと言えばそうでもなく、使えるようになって二、三日くらいだ。
「そりゃあ——」
と言いかけたところで、晴明くんがくすっと笑った。
「さぁね」
「え?」
ススキが目を丸くする。
「道満はいつかきっと優秀な陰陽師になる。それこそ———僕と対等になるくらいには」
灯台と月明かりを頼りに、書物を読み漁る。
昼間の晴明くんの言葉が、どうしても頭から離れない。
そのせいで、中々寝付けなかったのだ。
(対等……)
正直なところ、今の私では到底及ばない。
彼は対等になると言っていたが、本当だろうか?
晴明くんと友達になってから、分かったことがある。
薄暗くて寒い何か———悪魔的な知能を感じる。
それこそ、未来まで見えているのではないかと疑いたくなるほどに。
「……はぁ」
思わず溜め息がこぼれる。
書物の頁をめくる。
護符の書き方、式神の扱い方、呪術の組み方。
読めば読むほど分かる。
だが、書かれていることは理解できても、それを実際に使いこなすのは別の話だ。
机の上に置いてあった紙を一枚取り、簡単な人形の形に切る。
指先に力を込めると紙人形はぴくり、と動いた。
しかし次の瞬間、力を失ったように文机の上にぺたりと倒れる。
「……駄目か」
小さく呟き、紙人形を指でつつく。
当然だが、もう動かない。
もう一度紙を取り、同じ形に切る。
今度は息を整え、書物に書かれていた通りに身体の中にある霊力を注ぎ込むように作る。
紙人形が、かすかに震える。
次の瞬間、腕の部分がゆっくり持ち上がった。
「おっ」
思わず声が漏れる。
だが、それも束の間だった。
紙人形はふらふらと揺れたかと思うと、また力なく倒れ込む。
「やっぱり駄目かぁ......」
苦笑しながら肩を落とす。
本には簡単そうに書いてある。
だが、実際にやってみるとまるで言うことを聞かない。
紙人形を指先で転がしながら、私は巻物をもう一度見直した。
「霊力を形に宿し、意を通わせる.......」
そんな都合よく出来るものだろうか。
とはいえ、出来ないままというのも癪だ。
「まだ起きていたの?」
背後からそんな声が聞こえた。
びくりと肩が跳ねた。
振り返ると、灯りの届かない廊の奥に、寝間着姿の晴明くんが立っていた。
太陽が昇るにはまだ早い。どうしてこの時間に起きているのだろうか。
「.....厠?」
「違うよ」
違ったみたい。
ゆっくりと歩いてきて、私の隣に座った。
「今日は嫌な予感がしたから起きていたんだよ。寝床に戻ると道満はいないし、探しに来たんだよ」
「へぇ」
何だか少しだけ、申し訳ない気持ちになる。
それにしても、嫌な予感ってなんだろうか?
「式神かい?」
晴明くんの視線が、文机の上に向いた。
「紙人形で簡易的な式神を作ってるんだけど、中々上手くいかなくて.....」
「少し見せて」
晴明くんは文机の上の紙人形を、ぴらりとつまみ上げた。
しばらく眺める。
「霊力の込め方にムラが出ている。集中力が欠けている証拠だね。やみくもに書けば良いというものではないよ」
「ぐ.....」
机に並べられた紙人形達を手に取り、一枚一枚を見つめる。
どれも同じような文字が綴られているけれど、よく観察するとそれぞれの札から感じられる霊力には差があった。
一目見ただけで分かるなんて......。
「......」
少し、悔しかった。
「教えてあげようか?」
「え、良いの?」
なんと、晴明くんが教えてくれるというのだ。
「まぁでも、僕も式神は苦手だから、上手に教えられるか分からないけど、それで良いなら教えるよ」
「あぁ......晴明くんは占いが得意だもんね」
「まぁね。でも式神は道満の方が向いてる気がするよ」
そうかな?そうなんだろうか。
......でも、嬉しかった。
晴明くんを加え、二人で式神を作っていくが、彼は難なく成功させる。
(あれ、さっき苦手とか言ってなかったっけ.....?)
十枚中九枚は成功している。
……どう考えても、私より上手いじゃないか。
もしかして、彼の言う『得意』は百発百中の完璧を指すのだろうか。
完璧を追い求める人は、何でもかんでも自分頼りで、心が折れた時に立ち直りにくい。と、どこかの文献に書いていたことを思い出した。
私が彼のことを心配していた、その時だった。
外から、ばたばたと慌ただしい足音が聞こえてきた。
なにやら外が騒がしい。
晴明くんも耳を澄ませていた。
さっきまでの軽い表情は消え、少しだけ真剣な顔になる。
「行ってみようか」
そう言って立ち上がる。
私も慌てて紙人形を机の上に置き、後を追った。
廊に出ると、みんなが外の庭の方を見て騒いでいる。
中には半分寝ぼけた顔の人もいれば、興味津々で話し合っている人もいる。
そして、その目線の先には縄で縛られた父がいた。
「.....は!?」
「やぁやぁ、道満。元気?とりあえずこの縄、解いてほしいんだけどー.....」
父は相変わらずの様子で笑っている。
「何でこんなことに....」
「夜間の見回りをしていたら不審な人物を見つけたので確保してみたら、芦屋だった訳だ」
賀茂先生はため息交じりに説明してくれた。
「賀茂っち、解いてー」
「......」
父の言葉を無視する先生。
やっぱり二人って仲悪いんだ......。
不仲同士っていうより、一方的に先生が父を嫌っている感じだけど。
「普通に門から来れば良かったのでは?」
「えー....そうしたら面白くないじゃん。ほら、えーっと.....うん」
父は笑いながら少し首をかしげる。どうやら、何か言い訳めいた理由を考えているようだ。
「せーめー、遊んでー」
陰陽生の中では最年少のススキが本を抱えて走ってくる。
ススキはまだ十歳にも満たないので、色んなことに興味津々なのだろう。
「ねーねー、遊んで!遊んで!」
「ススキ、まずは落ち着こうか」
晴明くんが静かに声をかけるが、ススキはそんなことはお構いなしに、本を広げて私達に見せてくる。
古びた本だ。長い間誰にも読まれなかったのか、古い本独特の匂いがする。
一体、どこから持ってきたのだろうか?
「ねぇ、せーめー。遊んでよー!」
晴明くんの裾に縋り付くススキ。
「どーまんでも良いからさぁ!」
晴明くんはススキを軽く抱き上げ、膝に座らせるようにすると、にっこり微笑んだ。
「何して遊びたいんだい?」
ススキは目を輝かせ、すぐに答えた。
「せーめーとどーまんってどっちが強いの?」
「「ん?」」
晴明くんと顔を見合わす。
ススキは真剣な顔で本をぱたぱたさせる。
「だってさ、この本に書いてあるんだよ!」
そう言って開いた頁を私達に見せた。
そこには、陰陽師同士が術で競うような絵が描かれている。
「強い陰陽師は、妖も神様も従えるって!」
「へぇ……」
晴明くんは面白そうに本を覗き込んだ。
ススキはさらに身を乗り出す。
(いや、でも待てよ.....。晴明くんは占いや祈祷が得意だけど式神とかは......あ、そんなことなかったわ)
思わず心の中で苦笑した。
私が使えるのは式神と言っても紙人形だ。しかも使い慣れたかと言えばそうでもなく、使えるようになって二、三日くらいだ。
「そりゃあ——」
と言いかけたところで、晴明くんがくすっと笑った。
「さぁね」
「え?」
ススキが目を丸くする。
「道満はいつかきっと優秀な陰陽師になる。それこそ———僕と対等になるくらいには」
灯台と月明かりを頼りに、書物を読み漁る。
昼間の晴明くんの言葉が、どうしても頭から離れない。
そのせいで、中々寝付けなかったのだ。
(対等……)
正直なところ、今の私では到底及ばない。
彼は対等になると言っていたが、本当だろうか?
晴明くんと友達になってから、分かったことがある。
薄暗くて寒い何か———悪魔的な知能を感じる。
それこそ、未来まで見えているのではないかと疑いたくなるほどに。
「……はぁ」
思わず溜め息がこぼれる。
書物の頁をめくる。
護符の書き方、式神の扱い方、呪術の組み方。
読めば読むほど分かる。
だが、書かれていることは理解できても、それを実際に使いこなすのは別の話だ。
机の上に置いてあった紙を一枚取り、簡単な人形の形に切る。
指先に力を込めると紙人形はぴくり、と動いた。
しかし次の瞬間、力を失ったように文机の上にぺたりと倒れる。
「……駄目か」
小さく呟き、紙人形を指でつつく。
当然だが、もう動かない。
もう一度紙を取り、同じ形に切る。
今度は息を整え、書物に書かれていた通りに身体の中にある霊力を注ぎ込むように作る。
紙人形が、かすかに震える。
次の瞬間、腕の部分がゆっくり持ち上がった。
「おっ」
思わず声が漏れる。
だが、それも束の間だった。
紙人形はふらふらと揺れたかと思うと、また力なく倒れ込む。
「やっぱり駄目かぁ......」
苦笑しながら肩を落とす。
本には簡単そうに書いてある。
だが、実際にやってみるとまるで言うことを聞かない。
紙人形を指先で転がしながら、私は巻物をもう一度見直した。
「霊力を形に宿し、意を通わせる.......」
そんな都合よく出来るものだろうか。
とはいえ、出来ないままというのも癪だ。
「まだ起きていたの?」
背後からそんな声が聞こえた。
びくりと肩が跳ねた。
振り返ると、灯りの届かない廊の奥に、寝間着姿の晴明くんが立っていた。
太陽が昇るにはまだ早い。どうしてこの時間に起きているのだろうか。
「.....厠?」
「違うよ」
違ったみたい。
ゆっくりと歩いてきて、私の隣に座った。
「今日は嫌な予感がしたから起きていたんだよ。寝床に戻ると道満はいないし、探しに来たんだよ」
「へぇ」
何だか少しだけ、申し訳ない気持ちになる。
それにしても、嫌な予感ってなんだろうか?
「式神かい?」
晴明くんの視線が、文机の上に向いた。
「紙人形で簡易的な式神を作ってるんだけど、中々上手くいかなくて.....」
「少し見せて」
晴明くんは文机の上の紙人形を、ぴらりとつまみ上げた。
しばらく眺める。
「霊力の込め方にムラが出ている。集中力が欠けている証拠だね。やみくもに書けば良いというものではないよ」
「ぐ.....」
机に並べられた紙人形達を手に取り、一枚一枚を見つめる。
どれも同じような文字が綴られているけれど、よく観察するとそれぞれの札から感じられる霊力には差があった。
一目見ただけで分かるなんて......。
「......」
少し、悔しかった。
「教えてあげようか?」
「え、良いの?」
なんと、晴明くんが教えてくれるというのだ。
「まぁでも、僕も式神は苦手だから、上手に教えられるか分からないけど、それで良いなら教えるよ」
「あぁ......晴明くんは占いが得意だもんね」
「まぁね。でも式神は道満の方が向いてる気がするよ」
そうかな?そうなんだろうか。
......でも、嬉しかった。
晴明くんを加え、二人で式神を作っていくが、彼は難なく成功させる。
(あれ、さっき苦手とか言ってなかったっけ.....?)
十枚中九枚は成功している。
……どう考えても、私より上手いじゃないか。
もしかして、彼の言う『得意』は百発百中の完璧を指すのだろうか。
完璧を追い求める人は、何でもかんでも自分頼りで、心が折れた時に立ち直りにくい。と、どこかの文献に書いていたことを思い出した。
私が彼のことを心配していた、その時だった。
外から、ばたばたと慌ただしい足音が聞こえてきた。
なにやら外が騒がしい。
晴明くんも耳を澄ませていた。
さっきまでの軽い表情は消え、少しだけ真剣な顔になる。
「行ってみようか」
そう言って立ち上がる。
私も慌てて紙人形を机の上に置き、後を追った。
廊に出ると、みんなが外の庭の方を見て騒いでいる。
中には半分寝ぼけた顔の人もいれば、興味津々で話し合っている人もいる。
そして、その目線の先には縄で縛られた父がいた。
「.....は!?」
「やぁやぁ、道満。元気?とりあえずこの縄、解いてほしいんだけどー.....」
父は相変わらずの様子で笑っている。
「何でこんなことに....」
「夜間の見回りをしていたら不審な人物を見つけたので確保してみたら、芦屋だった訳だ」
賀茂先生はため息交じりに説明してくれた。
「賀茂っち、解いてー」
「......」
父の言葉を無視する先生。
やっぱり二人って仲悪いんだ......。
不仲同士っていうより、一方的に先生が父を嫌っている感じだけど。
「普通に門から来れば良かったのでは?」
「えー....そうしたら面白くないじゃん。ほら、えーっと.....うん」
父は笑いながら少し首をかしげる。どうやら、何か言い訳めいた理由を考えているようだ。


