最低で大嫌いなあなた、結婚してください
「はぁ……」

 鞠花を送ったあと、祥吾は西麻布の自宅に戻ってシャワーを浴び、部屋着に着替えてカウチソファに長い脚を投げ出した。

 頭の中は鞠花で一杯だった。

 祥吾は女性に一目惚れした事などない。

 恋人ができて肉体関係を持っても、彼が誰か一人に囚われる事はなかった。

 けれど鞠花は祥吾に新しい価値観を植え付け、きらきらしい感情を植え付けた。

 今まで「貧乏人の考え」と思っていた事も、鞠花の視点で話を聞くと素直に聞き入れる事ができた。

 逆に、自分は〝成功者〟の話しか聞く価値がないと思い込み、一般人の考えなど興味を持たなかった。

 日々の生活のために、スーパーで少しでも安い物を買おうとする鞠花の矜持を、今までの自分は無視し続けてきた。

 鞠花を知れば知るほど、自分の周りにいた女性たちが如何に何も考えていない、光にたかる虫のような存在だったかを知る。

 ……いや、そう言ったらきっと鞠花は怒るだろう。

 彼女らをそうさせていた祥吾にも、恐らく原因はあるのだ。

(目が覚めた……、のか)

 きっと鞠花の話す事は〝普通〟の感覚であり、自分の価値観のほうが腐りきっていたのだろう。

 鞠花といると彼女がとても輝いているように思え、自分が身を置く環境や考えが実にくだらないかを身に染みて分かる。

「……今までいなかったタイプなのは確かだな」

 鞠花を認めたあと、祥吾は彼女の事ばかり、如何に好きになってもらえるかを考える。

 だが今まで自分が使っていた〝手段〟は鞠花には効かない。

 いつものように高価な贈り物をして食事をご馳走し、雰囲気のいい場所で愛を囁けばベッドイン……は不可能なのだ。

 そんな事をすれば、確実に軽蔑される。

「あぁ……、畜生」

 欲しくて堪らないのに、手に入れられない。

「……ほしい。……鞠花がほしい……」

 祥吾は飢えた獣のように苦しげに呻く。

 考える事に飽きた祥吾は、次にいつ鞠花と会えるか聞くためにメッセージアプリを立ち上げた。
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