最低で大嫌いなあなた、結婚してください
 祥吾は何が起こったのか分かっていない顔で、ノロノロと東を見る。

 すると彼女は表情を歪め、金切り声を上げた。

「裏切り者!!」

 叩きつけるように怒鳴った瞬間、ベッドルームにキィンッと彼女の声が反響した。

「私はずっと社長をお側で支えてきましたよね? 私の気持ちが分からなかったんですか? 分かっていたから、他の女性に手を出しても結局は私のもとに戻って来るのだと思っていたのに!」

 東はそこで息継ぎをし、釣り上がった眼(まなこ)からボロボロと涙を零す。

「あなたの言う事なら何でも聞いたわ! なのに私はただの性処理係だったの? くだらない女に飽きたら、いつか私と結婚してくれると思っていたのに! だから私は夫との間に子供を作らず、いつでも離婚できるように準備していたのよ!」

(そんな事、頼んでねぇよ)

 祥吾は心の中で毒づきながら、目を閉じて傷口に意識を集中させる。

 刺された所は焼けつくように熱を持っている。

 いや、刃の冷たさが肉に伝わって、そこからゾクゾクと寒気が伝わってきている気もする。

(ここで……死ぬのか……?)

 東がギャアギャアと喚いているのが聞こえるが、何を言っているかまではほぼ理解できていない。

 彼女は最後に「死ね!!」と叫んだあと、荒々しく部屋を出て行った。

 足音が遠ざかり、玄関のドアが閉まる音がする。

 そのあと、シン……と静寂が訪れた。

(畜生……、痛ぇ……)

 傷に響かないように浅く呼吸をしても、刺された部分はズキズキと痛んだ。



『もしも誰かに刺された時は、凶器を抜いてはいけませんからね。余計に血が出てしまいます』



 こんな時になって、鞠花の言葉を思い出した。

 いつだったか、彼女に『俺は大勢の恨みを買っているから、いつか刺されるかもしれない』と冗談交じりに言った。

 すると鞠花は看護師らしく、真剣な表情でそう言ったのだ。

(……このまま、死んじまってもいいのかもな……)

 鞠花に見放された今、生きていても仕方がない。
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