最低で大嫌いなあなた、結婚してください
 享楽的に過ごしていた日々に戻る気もない。

 本当に欲しいもの――鞠花を知ってしまった以上、彼女が手に入らないなら死んでしまっても構わない。

 その時、鞠花がこうも言っていた事を思いだした。



『私、命を軽んじる人は嫌いです。命の重みを分かっていない人の、贅沢病ですから』



 あの時、鞠花は遠くを睨み、強張った表情で言った。

 今思えば、亡くなった両親の事を思いだしていたのだろう。

 その時の祥吾は、鞠花と過ごせる事がシンプルに嬉しくて、それ以上話を掘り下げようとしなかった。

 幾ら祥吾でも、家族の死に関わる話題はデリケートなものだと分かっているし、気やすく尋ねるものではないと思っていたのもある。

 けれどあの時の自分をさらに深掘りすれば、付き合いたての鞠花とは楽しい話をしたいと思っていて、暗い話は無意識に避けてしまったのだ。

(……ここで諦めたら、鞠花の〝事情〟を知る事ができない。彼女の過去に何があったのか、どんな事を考えて生きてきたのか。何より、どうして俺の前から姿を消したのか尋ねる事ができない。……彼女に『贅沢病』と思われたまま終わりたくない)

 目を開いた祥吾は、その奥にグッと力を込めて気力を振り絞る。

「まだ、だ……っ!」

 祥吾は渾身の力を込めて体を横臥させ、激痛と闘いながらベッドサイドに置いてあるスマホに手を伸ばした。

「ぐぅ……っ」

 あまりの痛みにブルブルと震える指で、彼は〝119〟を押した。



**



 某所、馴染み始めた家で食事をとっていた鞠花は、ニュース速報を見て箸を止めた。



『かなえ銀行代表取締役社長・鳳祥吾氏が何者かに刺され重体』



 テロップを見た鞠花は唇を引き結び、茶碗と箸をテーブルの上に置いて溜め息をつく。

 そして呟いた。

「……刺されると思った」
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