最低で大嫌いなあなた、結婚してください
「……家具が同じだからか、違う部屋になっても既視感があるな」

 祥吾がぎこちなく話しかけて来て、鞠花は「そうですね」と返事をする。

 わざと冷たく接しているのではない。

 いまだに彼女の中では感情の整理がついておらず、祥吾にどんなテンションで向き合えばいいのか分からずにいた。

 やがてお湯が沸いたあと、鞠花はルイボスティーを入れて「どうぞ」と祥吾に出し、自分はテーブルを挟んで床の上に座った。

「……ありがとう」

 祥吾は湯気の立つルイボスティーを少し冷ましてから飲み、尋ねてきた。

「味の好みが変わった? 以前は結構コーヒー党なところがあったけど」

「……色々ありまして」

 それについても簡単に言えない事情があり、結果的にそっけない返事になってしまった。

 これでいいと思っている訳ではない鞠花は、懸命に話題を考え、大切な事を忘れていた事に気づく。

 そして、今こそ本題を切り出すタイミングだと感じた。

 鞠花はスッと息を吸い、一瞬止めてから祥吾の目を見つめて言った。

「……ニュース、見ました。重体に陥ったのに、よく持ち直しましたね。鳳祥吾さん」

 そう言うと、祥吾は驚いたように目を瞠り、様々な感情が籠もった表情で笑う。

「……だよな。ニュースになったし、メディアに顔も出してるし、分かってたよな」

 彼はそう言ったあと、頭を下げる。

「偽名を名乗っていてすまない。鞠花を騙すつもりはなくて、最初は……、失礼ながら深入りしたら面倒な事になるかもしれないと思って、予防策として偽名を名乗らせてもらった。でもすぐにその心配はなくなって、鞠花を警戒する必要はないと判断した。すぐにでも本名を名乗っても良かったが、一時的にでも君を疑っていたと打ち明けるのが気まずくて、ズルズルと〝大井修吾〟の名前を使ってしまった。本当にすまない」

 顔を上げたあと、祥吾は縋るような目を向けてくる。

「鞠花がいなくなったのは、あの事件が起こる前だったから、多分テレビか何かで俺を見たのだと思う。……それで『嘘をつかれた』と思った? 君を傷つけたなら謝る! 本当にすまない! 身勝手な事を言うのは承知の上だが、俺は本当に鞠花を愛している! ……だから、戻ってきてほしい」

 祥吾は心からの言葉を向け、もう一度頭を下げる。

 鞠花はしばし彼を見てから小さく溜め息をついて言った。

「……本当に何も分かっていないんですね」
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