せっかく凡庸な彼女が自ら身を引いてくれたのに、天才魔術士はそれを許すつもりがないようです
ノーステリア州は産業が発達していて、ほかの州に比べて豊かだというのは有名な話だった。
そのお陰で税収を福祉にも回せる余裕がある、とも聞いたことがあった。
路銀は家からくすねた。
すでにこれ以上ないくらいの親不孝者になり下がっているのだ。
さらにもう少しばかり親不孝を重ねたところで、たいして変わりはないだろうと思った。
しかし、道中は自ら決心したこととはいえ、不安しかなかった。
(もし噂が単なる嘘や誇張だったら?)
(縁者も知り合いもいない土地に逃げて、本当にどうにかなるの?)
いざノーステリアの教会に着いてみると、心配は完全に杞憂であることが判明し、ジェシカは逆に驚いた。
そこはまさに噂に聞いていた通りの場所だった。
無事にセシルを出産し、住まいと職を見つけるまでの間、教会付属の保護施設で面倒をみてもらえたのだ。
間違いなく、その頃が、セシルを妊娠してから現在までで最も穏やかに過ごせた時期だった。
そこを出て、自活するようになってからのことは『とにかく大変だった』という感想に尽きるが。
特に始めの頃の記憶は曖昧だ。
細かいことは覚えていない。
産後の体で、安い給金のために日中くたくたになるまで働いた。
にも拘らず、夜は授乳があり、ゆっくり休むことはできなかった。
常に寝不足だった。
その頃を思うと、依然として経済的には厳しいが、体力的にはずいぶんと楽になった。
少なくとも夜は熟睡できているのだから──