せっかく凡庸な彼女が自ら身を引いてくれたのに、天才魔術士はそれを許すつもりがないようです
ジェシカに夫はいない。
未婚でセシルを妊娠した。
その当時はまだ故郷であるヨルデン州に暮らしていた。
体調の変化を感じ始めたときから、妊娠の可能性に薄々気づいていた。
たった1度とはいえ、心当たりがあったのだから当然だ。
しかし、まさか大丈夫だろう、と自分に言い聞かせて誤魔化し続けた。
そうしているうちに月日が経ち、とうとう誤魔化しきれない段階に至った。
が、まだ若く収入もなかったジェシカ。
子どもの父親には、そのことを告げられる状況にはなかった。
頼れたのは両親だけだった。
それは、とても勇気の要ることだった。
あれほど怖かったことは、後にも先にもない。
必死で涙を堰き止め、震える声で妊娠を告白した。
あのときの両親の顔を、ジェシカはおそらく一生忘れることはないだろう。
怒りと失望と悲しみと心配と──
あらゆる種類の負の感情を湛えていた。
『助けてほしい』と懇願した。
けれど、それに対する両親の答えは、ジェシカの望むそれではなかった。
堕胎するよう言われてしまったのだ。
両親の言い分はもっともだった。
親からの経済的援助を前提に子どもを産みたいなど、まともな考えではない。
しかも未婚でだ。
ジェシカもそれは理解できた。
しかし、どうしても承服できなかった。
まだ見たことのない子ども。
性別すらも分からない。
それでも確かに自分のお腹に存在していて、そして日々成長しているのを感じていた。
ジェシカにとって、すでに慈しむべき存在となっていたのだった。
だからジェシカは、夜中に最低限の荷物だけをもって家を出た。
ノーステリア州の教会を目指して。