せっかく凡庸な彼女が自ら身を引いてくれたのに、天才魔術士はそれを許すつもりがないようです
保育所の入り口に先生が立っているのが見える。
「セシルくん、おはよう」
「おはようございます! じゃあね、ママ」
元気に保育所の建物の中へ駆けていく。
ジェシカはその背中に向けて声を張った。
「行ってらっしゃーい。今日もみんなと仲よくねー」
セシルは素早く振り返って、母親に手を振る。
けれども、またすぐに向き直ると、パタパタと音を立てて行ってしまった。
ジェシカとふたりのときはジェシカにべったり甘えてくるくせに、今は友達と遊びたいという気持ちでいっぱいなのだろう。
ジェシカはそれを、とても子どもらしいことだし、いいことだと思う。
自分にはもう戻ってはこない時間だ。
だからこそ、セシルには子どもでいられる時間を享受してほしい。
「先生、今日もよろしくお願いします」
「はい、お預かりしますね」
ジェシカはひとりになると、表情をきっと引き締め、ほかの町行く人たちと同じスピードで足を動かし始めた。
セシルを保育所に預けたあとは、職場である工場まで急ぐのみだ。
出産を終えたジェシカが、何のツテもないノーステリア州で職探しをするにあたって、唯一特技にできたのは魔法だった。
そのお陰で、魔道具を製造する工場に就を見つけることができた。
といっても、中等教育までしか受けていない。
魔法使える者は多くないとはいえ、中等教育修了程度で使える魔法ではたいしたことはできず、たいしたお金にはならないのが現実だ。
さらに、働き始めた当初は乳児を抱えていた。
セシルは今でこそ体が丈夫になったが、乳児の頃はしょっちゅう熱を出し、ジェシカはその度に仕事を休まなければならなかった。
給金が安くても、雇い続けてもらえただけ御の字だと思わなければいけない。
そのお陰で、ギリギリの生活とはいえ、春を売る商売に身を落とすこともなく、セシルと生きていけているのだから──