せっかく凡庸な彼女が自ら身を引いてくれたのに、天才魔術士はそれを許すつもりがないようです

 セシルが抱えていた物を全て机に広げたときには、ハンスは絶句していた。

(……何て容赦がないんだ)

 ハンスの考える、小さな子どもによるイジメの範疇を完全に超えている。
 少なくとも、ハンスが1年生だった当時にこれほどのイジメを目にしたことはなかった。

(でも、なぜ?)

 とても素直で明るく、挨拶もきちんとできる子だ。
 むしろクラスの人気者になっていてもおかしくない。

 セシルに視線をやったとき、手に何かを握りしめていることに気がついた。
 
「それは?」

 セシルは自分の手を見つめながら、一本ずつ指を開く。

「アヒル、かな……?」

 その木彫りのアヒルもまたインクで汚されていた。
 小さな子どもには堅過ぎて、深くは傷をつけられなかったのだろうけれど、表面にはいくつも細かい傷を負っている。

「触ってもいいかい?」

 ハンスが訊ねると、セシルは頷いた。
 表面を撫でてから、裏返してみるとそこにはセシルの名前が彫ってあった。

 それを見た途端、ジェシカの顔が浮かんだ。
 それまでは、まだ1年生のしたこと、とどこかで思っていた。
 善悪の判断をこれから学んでいけばいいと。

 が、はじめて怒りを覚えた。

「ジェシカ……ママが作ってくれたんだね?」

 セシルはもう一度頷いた。
 その拍子に涙が溢れ落ち、アヒルを濡らした。
 そこから堰を切ったようにボロボロ流れ、アヒルを水浴びさせる。

 ハンスはハンカチを差し出した。

「もう泣かなくていい。全部元通りに直してあげるから。見ててごらん」

 セシルの手からそうっとアヒルを持ち上げ、机の上に置く。
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