せっかく凡庸な彼女が自ら身を引いてくれたのに、天才魔術士はそれを許すつもりがないようです

18. 父親の自覚

「失礼します……」

 昼休みになって、セシルが怖々と職員室に入ってきた。
 背を丸め、隠すように教科書やノートを抱えるその姿は、濡れそぼった子猫のようだと思った。
 それでも、ハンスは安堵した。
 もしかしたら姿を見せてくれないのではないか、と危惧していたからだ。

 ほかの教員たちは各自、次の授業の準備や小テストの採点などで忙しそうにしていた。
 セシル以外に職員室を訪ねてきた生徒も幾人かいて、その対応に当たっている教員もいる。
 ロペス先生の姿が見当たらない今、セシルに注意を払う者はハンス以外誰もいなかった。
 その小さな声と姿に、ひょっとすると気づいてすらいないのかもしれない。

 とはいえ、大勢に囲まれた中で話をさせるのは可哀想である。

(空き教室に移動しよう)

 ロペス先生も今頃、あの3人とそうしているはずである。

「おいで」

 昼休み後の5時限目に自分が授業をおこなうことになっている特別教室へと連れ出す。
 セシルはハンスの後ろをとぼとぼとついてきた。
 その足音は頼りない。
 毎週ハンスの家で聞く跳ねるような足音とは、あまりに違った。

「どうぞお入り」

 ハンスはセシルのためにドアを開けてやった。
 そうして、セシル、ハンスの順に中へ入ると閉めた。

 セシルは、出入り口から1番近くにある机の上に、胸に抱えていた物をひとつずつ置く。
 そのゆっくりで静かな動作は、献花でもしているかのようだ。

 まずは教科書。
 ハンスが4時限目の授業中に綺麗に戻してやったのとは違う教科のものだ。
 表紙の名前を書く欄に、無数の引っ掻いたような傷があり、名前は読めなくなっている。
 万年筆のペン先か何かでやったのだろうか。

 続いてノート。
 セシルが最初のページを開くと、拙いながらも一生懸命書いたと思しき文字がたくさん書き込まれていた。
 しかし、それを台無しにしているのは、その上から押された大きなスタンプのような靴跡。

 別のノートには落書きが。
 破かれているページもある。
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