せっかく凡庸な彼女が自ら身を引いてくれたのに、天才魔術士はそれを許すつもりがないようです

 ハンスですら、セシルに向けられた悪意に大きなショックを受けたのだ。
 ハンスがすっかり元通りに修復してしまった今、ジェシカが実際に汚されたり破損させられた物を目にする機会はない。

(そうだとしても……)

 入学早々に愛する息子がイジメに遭っていると報告を受けるだけでも、ジェシカが心を痛めるには十分過ぎる。
 セシルにバレないように、こっそり隠れて、声を殺して泣くかもしれない。

 ハンスとセシルは見つめ合った。
 ジェシカを悲しませることだけは避けたい、という思いを共有していた。

(ああ、僕たちは確かに父子だ!)

 ハンスは腰を曲げ、セシルの頭を抱きしめた。

「僕からロペス先生にお願いしてみるよ。なあに、平気だよ。君はされた側なんだ。ママにどうしても話さないといけないのであれば、深刻になり過ぎないように話してもらおう。すでに解決済みだってね」

 セシルはハンスの腕の中で何度も頷く。
 ハンスの袖は濡れてしまったが、そんなことはどうでもいい。
 今セシルを安心させられるのなら、何だってしたやりたい──

 しかし、タイミングの悪いことに、予鈴が鳴ってしまった。

「僕、教室に戻ります」
「ひとりで戻れそう?」
「はい」

 声は元気を取り戻していた。

(これなら大丈夫そうだな)

 ドアを開けてあげると、セシルはぺこりとお辞儀した。
 できることなら教室まで送っていって、ロペス先生に引き渡したいが、ハンスもこれから授業がある。
 仕方なく見送るに留めたが、セシルはしっかりとした足取りで廊下を歩いていく。

(優しくて強い子だ)

 感心しながら眺める。

(ジェシカがそう育てたんだ)

 しかも、ほかに頼れる家族もなくひとりで。
 ジェシカへの感謝の念を抱いた──

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