せっかく凡庸な彼女が自ら身を引いてくれたのに、天才魔術士はそれを許すつもりがないようです

(祖父、祖母と暮らし、しっかり保護されていたくせに、両親を恋しがって自分の不幸を嘆いていたとは。セシルには確かに母親はいるかもしれないが、言い方を変えれば母親しかいないというのに……)

 そして、母親しかいない不利益を被っている。

(しかも、それを母親に知られたくなくて隠したがってるだなんて、不憫過ぎるじゃないか)

 こうしてはじめてセシルに焦点を当てて考えてみると、さらに気になることがでてくる。

 もちろんジェシカなりに精いっぱい与えてやっているだろう。
 が、いろいろな面で十分とはいえないのではないか。

 たとえば、いつだってぶかぶかの服を着ているから、ジェシカよりも分かりづらいが、セシルもほかの児童に比べると細い気がする。
 あのくらいの年頃の男の子ならそういうものだろうと気に留めていなかったが、毎週末、ハンスの作る肉料理に夢中になるのは、いつもお腹を空かせているからなのか。

 それと、ジェシカとあのボロくて不衛生な下宿で暮らしているのも、健康上どうなのだろうか。

(あの子の父親だと主張しておきながら、僕は今まで一体何をやってたんだ⁉︎ セシルの健全な発育と安全のために、僕にできることは何でも差し出してやるべきじゃないか。それも、今すぐに!)

 現在ハンスが怒りに任せて歩いているのは、自宅への帰り道ではない。
 セシルが毎日登下校に使っているであろう道である。
 子どもの足では大変なはずの距離だ。

 ジェシカと再会して以来、ハンスの心を占めていたのはジェシカただひとりだった。
 セシルのことを考えたこともあるが、それはジェシカの附属であり、ジェシカが愛する存在としてに過ぎなかった。
 しかし、今はセシルのことでいっぱいになっている。
 ハンスの胸にあるのは、間違いなく父親としての愛だった──

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