せっかく凡庸な彼女が自ら身を引いてくれたのに、天才魔術士はそれを許すつもりがないようです

 ジェシカは工場の門をくぐる手前で従業員たちの波に合流し、一緒くたになって敷地内へと流れこむ。
 門を通過するときは従業員が密集しているが、ひとたび敷地内へ入ってしまえば、人波は一気に分散してしまう。

 いくつかあるうちでも特にボロい建屋の一画が、ジェシカの所属する第七班の作業エリアだ。
 同僚のマーサとリアナは先に来ていた。
 おはようと軽く挨拶をしてから、使い慣れた自分の作業机に着くと、マーサが訊いてきた。

「ジェシカ、昨日はどうだった?」
「昨日?」
「届いたの? セシルくんの結果」
「あっ、ああ、それね。うん、無事に合格したわ」

 ジェシカはここのところ毎日のように、『結果がまだ来ないのよ』とグチをこぼしていた。
 だから、ジェシカと仲のいいマーサリアナも気にかけてくれていたのだろう。
 ふたりは目を見開き、『おめでとう』と言いかけた。

 と、そのとき、タイミング悪く工場内にベルの音が鳴り響く。
 始業開始の合図だ。
 マーサとリアナは残念そうに眉尻を下げ、口の動きだけで『おめでとう』と伝えると、仕事に取り掛かった。

(私もセシルの学費を稼がないとね)

 ジェシカは、足元に置いてある木箱から、おもむろに空っぽのガラス製の容器をひとつだけ取り出した。
 蓋はきっちりとは締まっていない。
 落ちない程度に軽くかぶせてあるだけだ。

 それを開けると、魔法で容器を水で満たした。
 そうして蓋をしたあとで、しっかりと魔法のシールで固定する。
 一切の空気が残る余地も許してはならない。
 そうすることで清浄な水を長期保存できるのだ。

 医療施設や、旅行者、冒険者などに需要があるそうだ。
 しかし、売り値はたいして高くない。
 所詮はただの水だから。
 魔法で作り出さなければならないものではない。
 価格を上げれば買い手がいなくなってしまう。

 ジェシカは黙々とガラス容器に水を張り続けた──

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